明日の伝説

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スーパー戦隊シリーズ22作目『星獣戦隊ギンガマン』(1998)47・48話感想

 

第四十七章「悪魔の策略」


脚本:きだつよし/演出:辻野正人


<あらすじ>
ゼイハブもとうとう痺れを切らし、地球魔獣を急成長させる作戦を成功させるべく、ビズネラに自ら出撃するように命じた。一方でリョウマたちもまた地球魔獣に対抗するためにモークに獣撃棒を強化するよう依頼する。ビズネラが地球魔獣を誘い出そうとする中でリョウマたちはコントローラーを奪い、ビズネラを捕縛して誘導尋問し作戦の意図を聞き出す。ビズネラはそれが地球魔獣を誘導させるためのコントローラーだと言いヒカルと4人を分断するが、実はそれ自体がビズネラの仕掛けた罠であり、リョウマたちがコントローラーを手に向かった先には爆弾が仕掛けられていた。たった1人残されたヒカルはどうなってしまうのであろうか?


<感想>
地球魔獣編もだんだん佳境に入りましたが、今回は最後のヒカルメイン回。ヒカルにとって因縁の相手でもあったビズネラとの決着がここでつき、しかも獣撃棒まで強化。
この終盤に来ての武器強化は歴代で見ても中々ないパターンですが、強いていうならば「トッキュウジャー」最終回でライトが見せたトッキュウ1号レインボーがそうでしょうか。
ライダーでいうと、高寺P繋がりで「クウガ」が終盤に見せるアルティメットがそうですが、高寺Pのこだわりが良くも悪くも出ているというところです。


で、地球魔獣の作戦がいつまで経っても成功しないから、ビズネラが責任を取って自ら前線に出ることに…この「猫も杓子も一緒くた」なところがいかにもバルバンらしいところ。
本来ビズネラは前線に打って出る戦士タイプではないのですが、なまじ腕が立ってしまうばかりに自ら出撃しなければならないという皮肉で、こんなところまで非情です。
死してその屍を拾う者などおらず、どこまで冷たいのかと思うのですが、一方でそれはブクラテスとヒュウガの方でも似たようなものでした。


「何度言ったらわかるんじゃ?タイミングがズレとるんじゃ、タイミングが!まったく、余計な手間をかけさせおって。ほれ。勘違いするな。ゼイハブを倒すまではお前はワシの大事な道具じゃからな」


なんかもはやシェリンダに続いてブクラテスまでツンデレと化しているのですが、バルバンにおいてツンデレ」は意外にも全員に共通する性格だったりするのか?
まあでも確かに道具として利用しているだけなのでツンデレとは違うのですが、明らかに当初はただ利用しようと思っていた頃からは違う何かが芽生え始めています。
で、ギンガマンはその間モークが改めて自分の寿命を縮める覚悟で獣撃棒の強化を決意するのですが、改めてモークって戦闘能力がないこと以外は歴代でも屈指の司令官だなあ。
強化している間にギンガマンは出撃したビズネラを迎え撃ち、第二十九章の頃から戦闘力も断然アップしているので、拉致して誘導尋問。


「この装置、魔獣の動きと何か関係があるんじゃないのか!?」
「言わないなら!」


ギンガマンは星獣剣を差し向けるのですが、もはやこれって警察の自白強要を通り越してヤクザの恫喝にしか見えません(笑)
で、命乞いしたビズネラはそのスイッチが地球魔獣が好む音波を発信するものとあっさり白状するのですが、もちろんこれ自体が罠なのです。
隠し持っていたヤスリで鎖を千切って脱出したビズネラは逆に一人だけ残ったヒカルを人質にし、さらにギンガマン4人は偽の装置で吹き飛ばす予定でした。
策士としてはどう見てもブクラテスよりもビズネラの方が上だと思っていましたが、改めてブクラテスとビズネラの違いがどこにあるのかが判明しました。


ブクラテスの場合「知恵袋」という風に知識は十分に持っているのだけど、それを実戦で上手に活用するための方法を知らない。
一方でビズネラは知恵袋ではないけど、実戦的な戦略や策謀に長けていて、同じ知略系でもその中身はまるで違うものです。
「知識がある」ことと「知識を上手に使いこなせる」ことは別物で、銃をいくらも持っている武器コレクターが必ずしもその銃をうまく使えるとは限りません。
言ってみればブクラテスは第五章に出て来た武器マニアのバクターと同じで、知恵だけは無駄にあるけどそれを実戦で活かす能力がなかった。
だから、ヒュウガのように手足となって戦える者が必要だし、それこそナイトアックスだって本当にそれでゼイハブを倒せるかどうかの保証はありません。


そんなこんなで4人は罠に巻き込まれてしまい大爆発で死んだかと思われますが、でも十七章で人間爆弾を至近距離をあれだけ食らってリョウマは死にませんでしたからねえ。
今更この程度で死ぬとも思えないのですが、そんなギンガマンのしぶとさを侮っているビズネラはどんどん巧妙に罠を仕掛けます。


「折角ですから、魔獣を呼び出す前にあなたにも見せてあげますよ。あなたのお仲間が吹っ飛ぶところをね」


ここでビズネラの慇懃無礼な小狡さが光り、宇宙海賊の荒くれ者とは違ったやり方で奸計にヒカルを貶めてというところが大変にいやらしい。
同時にそれがビズネラはあくまでも外注でやって来た闇商人でしかなく、根っからの宇宙海賊ではないということの証明にもなっています。
このあと江戸時代の罰を思わせるようなジープでの引きずりなど凄まじいカースタントをこなすのですが、ここで簡単に諦めることも弱音を吐くこともしません。
第四十章で少年から一人の男へ成長したヒカルですから、たとえ仲間がいなくなって一人に追い込まれたとて簡単に負けを認めないのです。


最終的にヒカルはどうすることもできず地球魔獣の餌として鎖で繋がれてしまうのですが、バルバンへの怒りや憎しみをしっかりと爆発力に昇華します。


「さあ!これでこの星も終わりです!」
「負けてたまるかよ!お前らなんかに!俺たちギンガマンが負けるわけにはいかないんだ!」


ヒカルは魔獣が出現される前に雷のアースでビズネラたちを追いやり、まさに窮鼠猫を嚙む勢いでギンガ転生し、そのまま溜め込んだ怒りの力ギンガイエローとしてバットバスとビズネラにぶつけます。
ヒカルの場合リョウマやハヤテ、ゴウキ、ヒュウガと違って他のキャラクターとの絡み以上に、行動でしっかり示すという辺りがとても良くできており、ここにヒカルのキャラクターも完成を迎えました。
最初は大道芸のために見世物としてアースを使っていたヒカルが年間の精神的成長を積み重ねてアースを星を守る力としてきっちり使いこなすというのが見事です。


「雷一掃!!」


第二十九章でヒュウガを散々痛めつけたことへの怒り、第三十章で星獣を勝手に改造したことへの怒り、さらに第四十章でデギウスを捨て駒にしてしまったことへの怒り。
このヒカルとビズネラの因縁をこういう形で決着をつけるとは予期していなかったのですが、この一撃はヒカルの度重なるビズネラへの、そしてバルバンへの怒りが籠っているのでしょう。
そして地球魔獣成長のエキスが入ったプールに落下させられてしまったビズネラは地球ではなく自分が魔獣のような存在としてモーフィングしてしまいました
…なんかビズネラのこのデザインってすごく気持ち悪いなあと思ったのですが、これって仮面ライダーシンのデザインに通じる生物の気持ち悪さですよね。


なんでこんな風になるのかと思ったのですが、これって自分がギガライノスたちを生き物から機械へ変えてしまったことの逆をやったのかなと思うのです。
機械のような見た目から逆に生き物っぽく変質するという逆転の発想が秀逸で、しかも急成長エキスという名前の通り凄まじくパワーアップしています。
ただし、その代わり理性が完全に削られてもはやただの戦う生物兵器と化しているため、そこがギンガマンや黒騎士との大きな違いとなっているのです。
同じ動物モチーフで野生の力を借りていながらも、ギンガマンや黒騎士はそれを理性でコントロールして使い熟しているのに対して、バルバンやビズネラはそれを欲望のままに使うだけ。


そんなこんなでギンガイエローはまたもやピンチに追い込まれているのですが、そこに無事生還して現れた4人。


「何故だ!?お前たちは死んだ筈!」
「バルバンを倒すまで俺たちは死なない!俺たちは絶対負けるわけにはいかないんだ!」


まあそうですよね?とはなるのですが、ただ本作のギンガマンが示しているヒーロー像としてはややズレがあり、ここはおそらくきだ氏が好きな昭和ヒーローのノリだったんだろうなと。
本作はギンガマンの強さをしっかり根拠づけて来ただけに、単なる昭和仮面ライダースーパー戦隊の超越的存在とは違うのですが、そこが大きな違いなのかと思われます。
改めて合流したギンガマンは獣装光となってギンガの閃光をやるのですが、当然跳ね返されてしまい、またおそらくガレオパルサーでも結果は一緒でしょう。


「何だこの強さは?!」
「きっと急成長エキスのせいで凄い力を手に入れたんだ!」
「諦めるな。俺たちにはモークが強化してくれた獣撃棒がある」


そして改めてボックが持って来た木の実を地面に投げつけた5人は対地球魔獣用に強化された新獣撃棒を用いて、5人揃って改めての合体技を繰り出すます。


「閃光獣撃弾!!」


ギンガの閃光を上回る威力の武器でビズネラは吹き飛ばされてしまうのですが、えーっと銀河に1つしかない強大な力と言われたギンガの光って一体?
まあとはいえ、どんなに強大な武器であろうと、それを科学的に分析してしまえば弱点の1つや2つはあるし、バルバン側でもいくらでも対策は取れるのでしょう。
更に言うならば、モークはギンガの光のこともこの半年間でデータを取り続けて、頭の中で「ギンガの光はこういう成分でできている」と分析したはずです。
その上で獣撃棒にギンガの光の力に似たものをミックスさせることで、結果としてギンガの閃光を上回る武器ができたということではないでしょうか。


戦闘できないこと以外はスキマセンサーと彦馬爺さんと源太の開発能力を全部1人で併せ持っていたモークですが、本当にここまで出来すぎてるといいですね。
そしてビズネラは最後の頼みでバットバスに助けを求めるのだが、ここで何とバットバスは「悪く思うな、作戦変更」と裏切ってしまいます。
このバルバエキスが詰まった銃はビズネラが開発したものだと思われますが、ここでのポイントは第四十章でビズネラがデギウスにやった因果応報になっていることです。
本作の幹部連中はサンバッシュ、ブドー、イリエスといずれもが己のやった所業にふさわしい自業自得な末路なのですが、ビズネラもやはり自業自得な末路でした。


また、これまで何かとその性格的な大らかさからてっきり気のいい兄ちゃんだったバットバスもここでビズネラを損切りすることであくまで「悪党」でしかないと強調しています。
ただし、こんなことをここでしてしまったバットバスの末路がどうなるかというととんでもないオチが待ち受けていますので期待しておきましょう。
あとは巨大戦なのですが、今回はヒカル同様ビズネラに度重なる恨みのあるギガライノスとギガフェニックスが出撃し、ツイントルネードアタックで一気に攻撃し、最後はいつもの銀河大獣王斬りでトドメ。
自分が作り上げた兵器や仲間たちに裏切られるというふさわしい末路になりましたが、前回のハヤテとシェリンダとは違ってヒカルとビズネラの因縁はここで終了しました。


個人的にはここで退場させたのは意外だったと思う反面、宇宙海賊ではない外注のコンサルタントだからここで思い切って退場させたということではないでしょうか。
ハヤテとシェリンダの場合シェリンダのかまってちゃんなので完全に一方的なストーキングでしかないのですが、ヒカルとビズネラはその性格的な対照性が見事にかみ合っていました。
だからこそこのような最期になったわけであり、またそれがきちんと四十章の伏線回収も踏まえていて、おそらくプロットの8割は小林女史が考えてきだ氏に渡したものでしょう。
その上でやや昭和ヒーローの無敵さみたいなものも入れつつ、ヒカルの集大成としてしっかりまとまったので評価はS(傑作)です。


第四十八章「モークの最期」


脚本:小林靖子/演出:長石多可男


<あらすじ>
地球魔獣が幼年期に成長した影響により、地球が内部から汚され始めてしまっていた。モークは前回の戦いで獣撃棒の強化を行った影響で弱っていたため、リョウマたちはアースの力を与えてモークを休ませることにする。一方バルバンではバットバス特殊部隊の切り札として取っておいた魔人ミザルスを送り込み地球魔獣を急成長させようと計画していた。そんなミザルスたちを止めようとリョウマたちは出撃するが、突然転生が解けて苦しみ出してしまう。原因は地球魔獣が仕掛けた猛毒によって星の力であるアースまでもが汚されてしまい、リョウマたちがアースを使えなくなったからである。果たして彼らはこの窮地をどのようにして乗り切るつもりなのか?


<感想>
さあ、地球魔獣編もいよいよ佳境に入りましたが、今回は前回の獣撃棒強化を受けて、体が弱っているモークの最期です。
始まりは地球内部から毒々しい紫色が出始めるのですが、モークの分析によると、それは地球魔獣によるものでした。


「地球魔獣による汚染だ。地中の汚れが地上にまで広がってきてしまったんだ」


ここで地球魔獣の脅威がどんどん実体化するのですが、本作の世界線はもう地球ボロボロなんじゃないか?と思ってしまうほどです。
歴代戦隊はおろかウルトラシリーズ、ライダーシリーズでもここまで地球を外側と内側の双方から傷つけられた戦隊も他にないのじゃないでしょうか。
そんな地球魔獣の脅威をよそに、ヒュウガとブクラテスの修行もだんだんと大詰めに入りました。


「砕けという割には大事そうだな」
「ふん!」


ここで改めてブクラテスが星の命を大事そうにしているのが伺え、これが次回で明かされる伏線やゼイハブ船長の正体にも繋がっているのですが、だからこそナイトアックスを使う必然性があるのです。
また、序盤で示された「星の命」が単なる「お宝」に終わるのではなく、物語終盤に核を形成するガジェットとして機能しており、しっかり使い切っています
こうしてヒュウガとブクラテスの因縁はどんどん強まるのですが、それでもあくまでこの2人は利害関係によってしか繋がれないという距離感の置き方が見事。
しかし、そんな2人に迫っているのがバルバンの魔の手であり、いつまでも放っておくわけがありません。


で、ここからが今回の白眉なのですが、地球魔獣による地球の汚染によって、地球の自然のみならず、その自然より力を得ているアースを力の源とするギンガマンまでもが転生を解かれ苦しみ始めます。
ここが見事なところで、一見作戦失敗続きで負け通しかと思われたバルバンが実は地球魔獣を誕生させた時点で地球を内部からギンガマンを倒すための策略が発動しているのが見事です。
だから単なる負け続きではなく部分的勝利はこうして得ているわけで、しかもこの展開自体が第六章で見せた猛毒で苦しむギンガマンというネタの発展形になっています。
第六章のタグレドーが発動したのが地球を外部から毒ガスで汚染する「大気汚染」ならば、地球魔獣はその逆の「内部汚染」という差別化も見事で、ギンガマンでも星獣にも対応のしようがありません。


実に様々な策を弄し星々を滅ぼして来たという歴代屈指の荒くれ者である宇宙海賊バルバンの手強さにしっかり説得力を持たせ、さらにそれが星獣と魔獣の対比になっているのも良くできています。
ギンガマンの見事なところは星獣たちが全員「地球出身ではない」のに対して、最後の魔獣が「地球出身である」というのが見事で、こういったところも実にエッジが効いた脚本です。
だからこそギンガマンの「星を守る戦士」という設定に説得力が出るのであり、「ゴセイジャー」なんかとは比較のしようもないほど環境問題だとか「星の浄化」とかについて考えていると言えますね。
で、そんな猛毒に汚染された状態でアースを使うのはモークが指摘する通り毒を飲み込むようなものであり、アースという特殊能力を決して完全無欠のチート能力にしないバランスが見事。
こうした特殊能力の長所と短所をしっかり織り込んで見せているところが本作のとてもよくできたところで、アースという力の源は戦隊シリーズの特殊能力として1つの完成形でしょう。


しかし、それで諦めるわけではないギンガマンのタフさを描きつつ、ヒュウガとブクラテスはバットバスが仕掛けた罠によって分断されてしまいました。


「爺さんよお、ここをお前の墓場にしときな!」


ここでまたバットバスが単なる脳筋ではなく、それなりに頭も回るところが描かれているのが見事で、ヒュウガは自然の中に来て、モークと連絡を取ります。
さらにリョウマたちうに連絡するのですが、ここでのギンガマン5人の受け答えもまた1年の積み重ねを感じさせるものでした。


「俺たちは俺たちで全力でバルバンを倒す。それが今の兄さんへの俺たちの応え方だ!」
「早く行こうぜ。バルバンと地球魔獣は絶対ぶっ潰す!」
「うん。行くぞ!!」


魔獣ダイタニクスとの死闘を経て、完全にヒュウガからの自立を果たしたリョウマと前回のビズネラとの決着で戦士として完成したヒカルが先陣を切り、ギンガマンたちは戦い続けます。
しかもそれがバルバンのように個人主義の集まりの連中が好き勝手やっているのではなく、あくまでもお互いに絶大の信頼を持ってそれぞれに行動しているのがとても良いのです。
いわゆる翌年の「ゴーゴーファイブ」みたいな「みんなで仲良く」も良いのですが、本作は個人の強さを描きつつ、しっかりと「戦隊」として表現されています。
そして、モークもモークでヒュウガに連絡を一応取るなどできる限りの最善を尽くすのですが、ここで改めてヒュウガとモークが一対一のやり取りを行うのです。


「モーク!?」
「聞いてくれ、リョウマたちが危ないんだ!魔獣のせいでアースが汚されて、転生できなくなっている!頼む、彼らを助けてやってほしい」
「リョウマたちがそう言ったのか?」
「いいや。彼らは自分たちで切り抜けるつもりでいる」
「そうか。モーク、俺も行くつもりはない」
「ヒュウガ…」
「俺はゼイハブを倒すためにアースを捨てた。ゼイハブが居る限り、魔獣はあちこちで誕生し続けるんだ。俺も、そしてリョウマたちも後戻りはできない、するつもりもない。前へ進むだけだ」


そしてそんなヒュウガに呼応するかのように、リョウマもしっかりと言い放ちます。


(離れていても、目的は一つ!バルバンを倒し、この星を守る!)


それぞれに違う道を行けど、最後の最後までお互いを信じて戦い続けるギンガマンと黒騎士…この見せ方は小林靖子らしくもあり、そして同時に高寺Pらしくもあるヒロイズムでしょう。
何が凄いといってここに来てリョウマもヒュウガも「自分を犠牲にする」という選択をしておらず、あくまでも未来のために前向きに戦っているということです。
これまで第二十五章や第三十五章などを通して「公と私のどちらを選ぶか?」という葛藤を描いて来たギンガマンと黒騎士ですが、ここはもうその段階を通り抜けています。
ギンガマンは恋愛も使命も、そして友情も絆も、故郷への愛も星獣も、すべての命を愛し大切にし守るというヒーロー像がここでも決してブレないのです。


「君たちは、どこまで強いんだ……」

 


また、ここまで来て改めて思ったのですが、ギンガマンもヒュウガも本当に必要な時はモークの指令を聞かずに自主的な判断で動くことが多々あります。
それは決してモークをバカにしているとかではなく、司令官のいうことだけを聞いていればうまくいくわけでもないという小林女史なりの判断でしょう。
思えば「カーレンジャー」のダップ、「メガレンジャー」の久保田博士、そして本作のモークと高寺Pの戦隊はいずれも司令官が絶対的な正しさや権威を持ちません。
だからこそ、最終的には自分たちで判断して戦う器が試されているのであり、6人がそれぞれ離れ離れになってもバルバンとも黒騎士とも違う形で自己犠牲をしないで使命を果たすギンガマンの強さが結実しました。


そして、そんなリョウマたちを見て、モークもまた彼らの強い思いを感じ取り、自分にできる最善を尽くします。
モークが選んだ最終手段、それは木の根のネットワークとつながっているという特性を生かして地球魔獣が放った毒素をすべて吸収するというものでした。
ギンガマンたちが地球魔獣と戦えるようにし、その弱っている体にさらなる負担をかけるのですが、やっていることが実にとんでもないことでも、それを納得させるのがギンガマンクオリティ。
猛毒を無効化するというのは序盤で仮死状態に陥った星獣たちもそうでしたが、あれはあくまでも大転生へ持っていくために必要なストレスだったのです。
だから、ここでのモークが取っている戦法も決して単なる「自己犠牲」ではなく、リョウマたちへ未来を託したという格好になります。


そのモークの起死回生のサポートによって毒に苦しむことがなくなって浄化されたギンガマンは強化された獣撃棒で現れた地球魔獣の成長を邪魔します。


「貴様等、どこまで邪魔する気だ!?」
「お前たちを倒すまでだ!」


ここでリョウマたちはモークのサポートを受けて転生しつつ、モークも決して1人ではなく勇太くんとボックが寄り添ってくれているのが見事です。


「行くぞ!」
「「「「「銀河転生!!」」」」」


そしてギンガマンはミサイル攻撃で追い詰められながらもしっかり立ち上がります。


「みんな、立てるな!?」
「ああ、ここで倒れたら、モークに合わせる顔がないぜ!」


このレッドの「みんな、立てるな!?」がのちのシンケンレッドも「お前たち、立てるよな!?」と言うのですが、なるほどここが元ネタだったか。
そしてモークと同じようにギンガマンもまた起死回生のガレオパルサーでミサイル魔人を撃破し、あとは巨大戦をこなします。
ここでの巨大戦では久々に銀河獣王斬りを見せたのですが、終盤で改めて超装光ではなく通常のギンガイオーを使ってくれたのが嬉しい配慮。
急いでモークのもとに駆け寄っていくギンガマン


「モーク!大丈夫なのか?!」
「リョウマ、すまない……どうやら君たちと、最後まで戦う事が、出来そうに、ないよ……」
「モーク!」
「ば、ばか!なに言ってんだよ?!」
「モーク!」


ここからの夕映えのシーンがリョウマたちのセンチメンタルさを表しつつ、モークのそばに勇太くんが寄り添います。


「モーク、僕にもアースがあればいいのに!」
「感じるよ、勇太。君の優しい気持ちを…きっとそれが君のアースなんだよ。ありがとう」


ギンガマンとのお別れの前にモークと勇太が心の交流を交わす1シーンも入れられ、隅々までしっかりキャラクターを使い切ってくれました。
本当に小林女史といい高寺Pといい、キャラクターの積み重ねをとても大事にしてくれるのが大好きです。


「リョウマ、ハヤテ、ゴウキ、ヒカル、サヤ……戦いは辛くてもきっと終わる。君たちとヒュウガなら終わらせられる。私は確信したよ」
「モーク!もうすぐ帰る!帰るから!」
「みんな、一緒に居る間、楽しかった」


そしてモークは再び小さな緑色の種となってしまうのですが、今回はそれぞれのキャラクターをしっかり結実させつつ、モークの最期をしっかり描き切ってくれました。
長老オーギが作っただけあって凄まじいスペックのモークでしたが、それを安易な御都合主義の司令官とするのではなく、独立した一人格として成立させたのです。
ちなみに2014年に本作がYouTubeで配信された時、ちょうどこのモークの最期が配信された週に納谷六朗氏が他界するというショックな出来事が重なったこともあり、モークの最期は余計に印象に残りました。
私は基本的に特撮作品などで感動の涙を流すことはないのですが、このモークの最期だけは少し涙腺が緩みますね。


一方、そんなギンガマンたちとは対照的に引き裂かれてしまう黒騎士とブクラテスですが、シェリンダに見つかってしまいました。


「その必要は無い」
シェリンダ!」


その胴体をシェリンダの剣が貫き、これは第一章でブクラテスを起こす時にシェリンダが使った黒ひげ危機一発のネタの伏線回収ですが、本作こんな細かいところまでやり切っています。
本当に本作はどのキャラクターもしっかり100%使い切り、まただからといって本筋をないがしろにせず、年間の構成が非常に美しく展開されているのです。
評価はS(傑作)、さあいよいよ地球魔獣との本格的な決戦へ向かいましょう。

 

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