スーパー戦隊シリーズ22作目『星獣戦隊ギンガマン』(1998)23・24話感想
第二十三章「争奪の果て」
<あらすじ>
ギンガの光が姿を表し、ギンガマンはバルバンのダイタニクス復活を防ぐために怒涛武者と戦う。しかし、敵は圧倒的に強くギンガの光は怒涛武者の手に渡ってしまう。バルバン側は最後の最後で見事な大手柄を立てたかに思われたブドー一味だったが、そのことを気に入らないイリエスが魔人メドウメドウを送り込み、ブドーに化けさせて怒涛武者にある数珠を渡す。その滝の裏での出来事を黒騎士は目にしていて、虎視眈々とギンガの光を入手するタイミングを待っていた。ギンガマンもギンガマンで洞窟周辺を探していると、突然目の前にギンガの光を鎧として身に纏った怒涛武者と遭遇し、とんでもない大ダメージを負うことになるのだった。
<感想>
ギンガの光争奪戦、いよいよ決着となります。2クール目は全体的に傑作続きですが、その中でもここから二十六章までは一切物語としての格を落とさない傑作続きです。
とにかく最後まで諦めずに「星を守る」ために戦うギンガマン、力に溺れて復讐のみを果たそうとする黒騎士ブルブラック、そしてイリエスの策謀に気づかず力を振り回す怒涛武者。
さらにはこれまで積み重なる恨みが爆発してのイリエスとブクラテスの共謀、失脚してしまうブドーと見所が盛りだくさんで、まだ2クール目だというのに終盤のごとき盛り上がり。
戦隊シリーズの中盤はいかに中弛みになることなく物語を紡げるかが重要なのですが、本作は1クール目からここまでほぼ理想通りに物語の山場を盛り上げてくれています。
まずは序盤、怒涛武者とギンガの光争奪戦となりますが、やはり怒涛武者が圧倒的に強く、ギンガの光は意外にもあっさりとツボの中に収められてしまいました。
ここでそう簡単に物語がギンガマン側に動かないことで、バルバン側が有利となるのですが、しかしその時余計なことが起こった!
二十一章からこっち、ずっとブドーの慇懃無礼さに積み重なる恨みのあるブクラテスが姪っ子のイリエスと共謀しメドウメドウを怒涛武者と合わせます。
メドウメドウはブドーに化けると、数珠のようなものを渡し、ギンガの光を身につけて暴れるように言い、それを怒涛武者は鵜呑みにしてしまうのです。
ここで一瞬怒涛武者が「そんなことをブドーが言うのか?」と疑いますが、忠誠心が強い故にメドウメドウの策謀だと見ぬけません。
まあギンガの光を手に入れて浮かれていたのもあるのでしょう、最後の最後で詰めの甘さが出てしまったという形です。
で、ブクラテスが態とらしくブドー軍団の謀反、裏切りだと揉めるのですが、終盤でやるはずの内輪揉めをここで展開。
同時にうまく行きかけたブドーが失脚してしまい、ゼイハブも「ギンガの光がここにないんだ」と痺れを切らしてブドーを損切りすることに。
しかもここで目敏いのは船長がこの共謀を見抜いているのですが、それを知った上で利用しているのです。
そしてギンガの光を身に纏った怒涛武者は完全無欠の圧倒的な強さを手にし、ギンガマンを追い詰めた上で、崖から転落させます。
かつてないほどの窮地に追い込まれるギンガマンですが、その圧倒的な山火事で自然や動物の命が失われている理不尽な現状に激しい怒りを燃やすのです。
「俺たちは死ぬわけにはいかないんだ!お前たちがこの星の命を奪おうとする限り!」
ここで改めてリョウマの口からギンガマンのスタンスが宣言され、ギンガ転生して挑むのですが、ギンガ獣撃弾は完全に無力でした。
「もう終わりなのだ。貴様等もそしてこの星もな」
「終わらない、俺たちが終わらせない!」
ここでギンガマンはアースを振り絞ってもう一度獣撃弾を放つと多少効くものの、やはり圧倒的な劣勢が変わるわけではありません。
決して安易な気合いと根性で乗り越えさせるのではなく、圧倒的な力を前に膝を屈するギンガマンの姿勢を一度描くことでギンガの光の強大さを描いています。
しかし、そこで力を得て暴走してしまった怒涛武者がとどめを刺そうとした時、数珠から毒が吹きかかってきて、弱体化させられてしまいます。
さらにここで今か今かと待ち構えていた黒騎士がやってきて、怒涛武者を陥れギンガの光を手に入れようとしたメドーに攻撃を加えます。
「待ちくたびれたぞ。なかなかおまえが動かんからな」
「なんですって!?お前私の作戦を!」
「ああ、感謝するぞ。だが、お前の役目はここで終わりだ、ブルライアット!!」
もはや完全に悪党同士の醜い争いでしかないのですが、黒騎士はめっちゃかっこつけてめっちゃカッコ悪いことしてるんだよなあと。
そして改めて弱体化した邪装甲・怒涛武者に向き直って言い放つのです。
「無駄だ。貴様にギンガの光は荷が重すぎる。私でさえ3,000年前、手放すしかなかったのだからな」
ここでなぜ黒騎士がギンガの光を手放すことになったのかを補強し、再び勝負は振り出しに戻ることに。
その前にギンガマンが立ち塞がるのですが、ここからが完全にギンガマンとブルブラックの価値観の相克です。
「どけ、ギンガの光はこの私の為の力だ」
「渡さない!復讐だけのあなたが使っても、バルバンと同じように破壊が生まれるだけだ!」
「それがどうした?バルバンさえ倒せば、それでいい」
もはや暴走機関車となって歯止めが効かなくなっている黒騎士はギンガマンにブルライアットを浴びせ、ギンガの光を手にしようとします。
もうこの時の黒騎士の「ギンガの光よ!私のところに来い!」な乞食ムーブがあまりにも小物すぎて、まさに力に固執して大事な心を見失ってしまいました。
怒涛武者、そして黒騎士という暗黒面を見てきたリョウマたちはギンガの光を「手に入れる」のではなく「壊す」ことを決意します。
「あいつやバルバンに使わせるぐらいなら、壊したほうがいい!」
「うん。あたしは……いらない!」
「ああ。星を傷つける為の力なら」
「そんなことの為にある力なら、俺たちはいらない!」
ここで改めて「力と心」という、十七章からリョウマが勇太を通じて展開してきたテーマがギンガマンのヒーロー像とリンクしてしっかり結実します。
まさに本当に大切な強さや勇気は力や技から生まれるのではなく、それを使う目的と制御する理性こそが大事なのです。
そうすることによってバルバンにも、そして黒騎士にもならずに戦おうとするギンガマンの芯の強さが引き出されます。
そう、極限の状態に追い込まれた時にこそその人の器が試されると言いますが、「ひとりの戦い」を経て精神的にもグッと強くなったギンガマン5人の結束が出来上がりました。
しかもここに至るまでの流れを第一章から丁寧に重ねてきたことで、ギンガマン5人の戦う動機が単なる綺麗事で終わっていないのも大変いいところです。
「よせ!銀河に1つしかない力だぞ!」
「俺たちに必要なのは星を守る力だけだ!!」
ここで改めてギンガマン5人の気高き「星を守る」という心の強さを認めたギンガの光がギンガマン5人に共感し、改めて力の持ち主となることを選ぶのです。
この「力があるから強い」のではなく「強い心があるから強い力を手にできる」という論理の逆転に見事成功し、ここまで苦難続きだったギンガマン5人が最強の戦士と認められました。
「これは奇跡か!?みんな、ギンガの光を掴むんだ。大いなる力を、星を守る力に変えるのは君たちだ!」
ここのギンガの光を掴むシーンの神々しさはかつてないほどであり、ギンガマンは獣装光ギンガマンへと大幅にパワーアップ…胸ではない形でのパワーアップがいいところです。
5人まとめてというのも好印象で、00年代以降になるとレッドだけがパワーアップという展開があって、それが好きじゃないので、ここでうまくハマりました。
「大いなる力・ギンガの光は今、ギンガマンに装着され獣装光となった」
黒騎士も、そして怒涛武者もこの展開は予想だにし得ないものであり、怒涛武者は満身創痍ながら突っ込もうとすると、ギンガマンは5人全員が閃光弾となって突っ込む。
「「「「「ギンガの閃光!!」」」」」
ギンガ獣撃弾をはるかに上回る威力の攻撃を食らわせると、怒涛武者は巨大化することも敵わず爆発してしまい、黒騎士は想定外の結末に悔し涙を流してさっていきます。
変身を解除するとギンガの光は5つに分散し、ギンガブレスの中に収まる…苦難という苦難を味わった上での最高のパワーアップであり、これ以上にかっこいいパワーアップを私は知りません。
一度敵側に使わせてからヒーロー側に持ってくる展開にしたことで、ギンガの光が敵にも味方にも力を貸すことを示し、その上でギンガマンを持ち手と認める展開が絶妙です。
まあ同時にこれは永井豪の「マジンガーZ」で掲げられていた「神にも悪魔にもなれる」という普遍的なヒーロー論ですが、それをギンガマンのヒーロー像としっかりリンクさせています。
同時にここで物語の主導権が一気にバルバンや黒騎士側からギンガマンに戻り、心の試練にしっかりと力が追いついたことでギンガマンというヒーロー像も1つの完成を迎えるのです。
評価はS(傑作)以外にはなく、本作が2クールかけて積み上げてきたものがこの獣装光へのパワーアップに集約されます。
ギンガマン側はこれで完結したので、残りはブドーと黒騎士のみとなりました。
第二十四章「ブドーの執念」
<あらすじ>
ギンガの光争奪戦を制したギンガマンであったが、浮かれ始めて調子に乗りつつあったヒカルをハヤテがたしなめる。リョウマはその様子を見て幼少期に2人の面倒を見ていたが、すぐに逃げ出したリョウマをハヤテとゴウキが追いかけてきた過去を話す。一方バルバンでは完全に失脚してしまったブドーが処刑を言い渡され牢獄に閉じ込められた時、魔人闇丸・鬼丸がブドーの妖刀ギラサメを持って救出に現れた。ゼイハブがそのことを耳にすると次の行動隊長にイリエスを指名し、ブドーのことは完全に損切りしてしまう。ブドーはギンガマンを倒そうとし躍起になり、街にいる罪なき人々を切り捨ててしまうのだが…。
<感想>
いよいよ2クール目の最後、ブドー編の完結となりましたが、今回はギンガマン5人の幼馴染としての絆と追い詰められたブドー魔人衆の見事な最期を描いています。
ギンガの光という新たな力を手に入れたギンガマンは一時的な勝利に喜びつつ、調子に乗るヒカルをハヤテたちがたしなめ、勇太を前にして子守の思い出を語ります。
「もっともリョウマはすぐ逃げ出したけどな」
「そうだ!俺たちばっかりに押し付けて!!」
しかも子供の頃からアースをぶち当てに行くあたりが生粋の戦闘民族であり、おそらく「ドラゴンボール」に置き換えると、彼らはこの頃から戦闘力が12,000を超えていたに違いありません。
特に「もう飽きてくるぐらいな」とリョウマが言い、「飽きてるのか?」と泣き始めるゴウキを見遣って苦笑するハヤテなどから5人の自然な関係性が描写されています。
ご近所づきあいをしていたことからも、彼らはもうなんというか好き嫌いとか男女のときめきとかそういう感じの関係性はとっくの昔に通り越しているんだなと。
そしてそれ故に個人として自立した強さを持ちつつ、同時にチームとして抜群の連携ができるのだということにも納得できます。
そんなほのぼのモードのギンガマンに対して、殺伐とした空気が張り詰めるバルバンではブドーが闇丸と鬼丸に救出され、汚名返上の為に脱獄していました。
イリエスが行動隊長に任命されているのも露知らず(というか処刑が決まった時点でどっちにしても信用残高はゼロ)、ブドーは街中で大量虐殺を開始します。
いわゆる無差別虐殺テロなのですが、今回の異質なところは「ダイタニクス復活」のためではなく「ギンガマン抹殺」であるということです。
ギンガマンが迎撃するのですが、ギンガの光を使われる前に倒すようにすると、ギンガレッドに惑わしの術を使い、リョウマを暴走させます。
リョウマは周囲が全部敵だらけに見えてしまうのですが、ここで戦闘力最強のリョウマを一度敵にする展開で改めてギンガマンの強さを示す展開が秀逸。
黒騎士との対峙の中でやや弱く描かれていたリョウマですが、それでもギンガマン5人の中で最強であることは変わらず、街の人々を襲うシーンで脅威となるのです。
監督が長石多可男なのもあってか、例の長石階段も出現し、かなり緊迫した状況が前回に続き起こっているので物語のテンションを落としません。
ハヤテとゴウキはなんとか生身での取っ組み合いの末にリョウマを隔離し、なんとか目を覚まさせようと訴えます。
「リョウマ!お前にわからない筈ないだろう、俺たちが」
すっかりゴウキがもう3人の中でオトメンというかヒロインポジションになりつつあるのですが、ハヤテは容赦無くリョウマを抑えにかかります。
ここで改めて年上3人組の関係性が補強されつつ、2人の渾身の説得が続くのです。
「俺たち、飽きるほど一緒に居たんだからな。リョウマ……そうだろう!」
「そうだリョウマ、思い出せ。ヒカルとサヤが危ないんだよ 俺たちが行かなきゃ。リョウマ、わかるか?ヒカルとサヤだ!」
ここで二十二章で3人組と2人組に分けたことが前振りとして機能し、この3人が絆や友情だけではなく、年長者同士の責任感というところも繋がっています。
リョウマにアースをぶつけ、直撃させるハヤテと、目をつぶって明後日の方向に放った結果、 二次被害が結局ダメージを与えるゴウキ、というコンボが似たような幼い日の出来事を思い出させ、リョウマは遂に正気を取り戻す。
「ヒカルとサヤは?」
「お前にもたっぷりお守りさせてやる」
「え?」
「行くぞリョウマ!」
こうしてギンガマン側は3人の関係性も描写しつつ、そこで終わらせずにそれを「年上組の責任」という5人の関係性にすることで、幼馴染戦隊という横のつながりとうまく関係性を確保しました。
同時にギンガマン5人の「最初から仲がいい」を単なるなあなあで済ませるのではなく、各メンバー同士の関係性をちりばめながら、この2クール目の終わりに全体の関係性としてまとめ上げるのが秀逸です。
まさに「横」と「縦」の双方からうまいこと人間関係を描き、ギンガマンは最高のチームワークでまとまってきています。
一方で、ブドーらバルバン側は醜い足の引っ張り合いが続き、前回も出てきたメドウメドウが現れ、握り潰した宇宙俳句を見せつけると前回の暗躍を種明かしします。
しかし、ここだけで終わったら単なる「ブドー可哀想」という同情話に終始してしまうのですが、そうではなくブドーが一矢報いるのでです。
「ふふふふふふ、ふはははははは!ふはははははははは!!」
「何がおかしいの?!」
「見苦しいか……確かにな」
窮鼠猫を嚙む勢いで完全に理性も居場所も失ったブドーはただの戦闘狂と化し、その姿はまるで「シンケンジャー」の十臓と重なるところがあります。
十臓とブドーの大きな違いは軍団の所属していて組織への忠誠心が厚いかそうでないかというところですが、ここで一気に梯子を外された影響でただの無職へ。
仲間であるはずのヤートットを切り捨て、そしてメドウメドウすら切り捨てるのです。
「ギラサメ残酷剣!!」
凄まじい一太刀でメドウメドウすら切り捨てることでメドウメドウへの恨み辛みも晴らしてスカッとさせつつ、ブドーを一気に悪党へ変貌させます。
また、これまで何かと慇懃無礼というか理性の皮を被っていたブドーが闘争本能を露わにし、一般市民を次々と斬り捨てることで、所詮ブドーも宇宙海賊だと示しました。
降雨することでブドーの中にはもはやギンガの光という力への執着とギンガマン抹殺だけが残ったのです。
「ギンガレッド、なぜ俺の術を?!」
「飽きるほど付き合ってる、仲間のお陰でな!」
「「「「「唸れ、ギンガの光!」」」」」
ここで改めてギンガの光もとい獣装光のメカニズムについて補足説明。ギンガの光はギンガマンが使えるが、あくまでも5人揃わないと使えないとなっています。
巨大な力故に1人では使えないというのはスーパー戦隊の本質である「団結」「5つの力を1つに合わせる」という本質とうまく関連させているのです。
さらにもっといえばそれとギンガマン5人の人間関係と繋げることで、ギンガの光を「ギンガマンの団結の象徴」として物語の中に収束させています。
伝説の戦士の象徴である星獣剣、星を守る戦士の象徴であるアース、ギンガマンと星獣の絆の象徴である自在剣機刃、そしてギンガマンとモークの絆の象徴である獣撃棒。
各武器を単なるパワーアップアイテム・便利能力で済ませずに、きちんと物語上の意味づけを丁寧に行って「星を守るための力」と規定しているのが本当によくできています。
ギンガレッドが剣星波というエネルギー弾を放つと、たった小手先の一撃なのに闇丸と鬼丸を一瞬で満身創痍に追い込んでしまうほどの絶大な力を発揮します。
そして、そこにブドーが現れ、鞘から刀を抜くとブドーは最期の一騎打ちに出るのです。
「闇丸鬼丸、もはや我らブドー軍団に戻る場所などありはしない。後はただ存分に戦うのみ」
鞘を捨てたということはもうこれが自分の死期だと悟ったということであり、ギンガレッドとブドーが一騎打ちに…ここもかなりの名勝負です。
もっとも、ブドーにとっては「自己犠牲の戦い」であるのに対してギンガレッドにとってはあくまでも「星を守る戦い」というのが大きな違いですが。
ギラサメ残酷剣を左手のクローで受け止めたギンガレッドはその妖刀ギラサメを星獣剣の柄だけで折ってしまい、必殺の一撃を食らわせます。
「獣火一閃!!」
これによりブドーも瀕死の状態に追いやられるのですが、これでもなおブドーはしつこく食い下がり、諦めることを知りません。
思わずリョウマもたじろいだのですが、まさに今のブドーは「シンケンジャー」終盤の十臓の前身と言える戦う生物兵器に成り下がっています。
完全に理性を喪失し修羅への執着だけが残ったバトルジャンキーなのですが、これをより突き詰めたのがお家騒動の時の十臓であり丈瑠なのでしょう。
まあこの構図は鈴木清順の「東京流れ者」やそのパロディとも取れる北野武の「ソナチネ」のような任侠映画の流れを汲んでいると思われます。
謀略によって失脚させられた組員の元幹部が追い詰められた挙句にどう生きるのかというところで、ラストに全てを捨ててギンガマンに臨む構図はまさにそれ。
サンバッシュと重ねつつ、同時に組織としての団結力や人を大事にする心がない野党・ゴロツキの集まりである宇宙海賊バルバンの悪辣さを表現しているのです。
折れた刀を持ってギンガレッドにひたひたと迫るところなぞは完全に「余所見をするな!」と丈瑠にしつこく食い下がる十臓とまんま重なっています。
そんなブドーは散り際に短歌ではなく和歌を読み込むのです。
「散ればこそ 花美しく 名を残し いまひとたびの バルバンの夢」
辞世の句を読みながら決死の覚悟で襲いかかるブドーをギンガレッドは容赦無くズバッと斬り捨てるのですが、これこそがまさにギンガマンのヒロイズムだなと。
状況や背景設定は全然違うのですが、おそらくギンガレッドなら十臓がどれだけしつこく食い下がってきたとしても容赦無く一刀両断するでしょうね。
あくまでも「星を守るために戦う」という使命がブレずに戦っているから、おそらく丈瑠と違い生物兵器に成り下がることなく戦えるであろうなと。
丈瑠は逆にいうと芯が意外と強そうで脆い部分がある、意図的なギンガレッドの影として描かれていると思われますが、この辺りも比較してみると結構面白い。
だからブドーの最期を小林女史は決して美徳や美談にせず、あくまでも死は死であり、そこに美学もクソもないとシビアに描いているのです。
ギンガマンはすごく王道的なヒーロー像ですが、ある意味ではギンガマンが「生」の象徴であるのに対してバルバンは「死」の象徴として描かれているのであろうと思います。
そして、闇丸と鬼丸は「せめて最期のご奉公!」といつものキメ台詞がしっかり状況と重なり、ブドー軍団の最期となるのですが…。
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この辺りの思い切りの良さがとてもいいところで、これにてブドー編も一件落着。
5人は傷の手当てをしつつ、リョウマが2人に不満を言います。
「あいっかわらずハヤテは容赦ないよな。それにゴウキもあいっかわらず外すし。かえって危ないんだよ」
「人に当てるのが嫌なだけだ」
そこからさらにヒカルとサヤのお漏らしネタになり、しかしそんな中でもギンガマン5人に爽やかな笑顔が戻り、高いハードルを見事に乗り越えました。
いかにしてバルバンと黒騎士のようにならずに壁を超えてみせるかというところだったのですが、単なる力のパワーアップではなく、それをギンガマンの使命や心の強さと結びつけています。
その上で前半の集大成としてギンガの光をパワーアップに持ってきて、孤立するブドーや黒騎士と対照的にギンガマン5人の結束が強まるという展開が良くできていました。
しかし、その一方で黒騎士はバルバンへの復讐だけが残り、しかし度重なる激しい動悸を前に、改めて何かを誓うのでした。
「この体を自由にできる間に……」
次回への意味深な発言を最後に残しつつ、しっかりと綺麗に締め、評価は文句なしのS(傑作)。
第一章から2クールかけて積み上げてきたものが非常に美しく結実し、最高の前半戦でした。