明日の伝説

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スーパー戦隊シリーズのチームカラー〜70・80年代戦隊編〜

さて、前回の記事でも書いた通り、今回から数回にわけてスーパー戦隊シリーズのチームカラーを1つずつ分類していきます。
本格的に入る前に基礎的なルールを説明しますが、考えのベースにあるのはこちらです。

 

hccweb.bai.ne.jp

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以前紹介したえの氏という方がお作りになった「戦隊史学基礎」の「公的動機」と「私的動機」を大元の軸として用いています。
その上で更にプラスαで「力と技」を用いますが、これは要するにビジネスの自己分析で使われる「Want」「Must」「Can」のベン図です。

 

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Want・Can・Mustのベン図


「Want」は「自分がしたいこと」、「Must」は「社会から求められること」、そして「Can」は「自分ができること」を意味します。
この3つの円が綺麗に重なれば重なるほどいいビジネスパーソンであることの証明になりますが、これをスーパー戦隊シリーズのチームカラーに応用するのです。

 

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スーパー戦隊シリーズのWant・Must・Can


スーパー戦隊シリーズにおける「Want」は「私的動機」、「Must」は「公的動機」、そして「Can」は「力と技」になります。
評価基準はWantとMustを合計10とし、その割合の大小によって「組織の規律」が重んじられるのか「個人の意思」が重んじられるのかが決まるという形です。
そしてもう1つの要素であるCanを5点満点のうち0.5〜5で評価し、数字が低いほどアマチュア、そして数字が高いほどプロフェッショナルの戦隊となります。
この形式によって分類していき、歴代戦隊シリーズがどのような位置付けにあるのかをはっきりと数値で可視化、いわゆる「見える化」しようという試みです。


勿論完璧なものではなく、あくまでも「試み」かつ、数字は完全に私見なので、「ここはこうではないか?」「こうするともっと正確さが増す」という意見もあるでしょう。
そこはみなさんでお考えの上、更に論を深めるなりなんなりして頂ければなと…あくまでも「戦隊史学基礎」の更なる発展版として出してみようというものです。
今回は第一弾ということで70・80年代戦隊、すなわち「ゴレンジャー」〜「ファイブマン」までです。
ファイブマン」は正確には90年代なのですが、分類としてはやはり「80年代戦隊」として扱うのが妥当でしょう。
それでは参ります。

 


<分布図の傾向>

 

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70・80年代戦隊の分布図


全体的にこの時代の戦隊は組織の規律を重視する戦隊が多いのだが、その中で2つの時代区分に分かれている。
まず1つが「ゴレンジャー」〜「サンバルカン」までと「ゴーグルV」〜「ファイブマン」までであり、メインライターの色がかなりチームカラーにも出ている。
前者のモデルは「冷戦」、すなわち「国家戦争」であり、上原正三氏が仮想敵として掲げているのは戦時中のアメリカ合衆国であり、チームカラーも軍隊や国際組織所属が多い。
一方で後者のモデルは学生運動、すなわち「全共闘」であり、これは曽田博久氏が学生運動の活動家であったことが多分に影響しているものと思われ、自発的に戦うケースが多うのだ。


その上で更に見ていくと、半分がプロフェッショナル、半分がアマチュアという分類になっており、これは意外に思われるが全ての昭和戦隊が「強い戦隊」というわけではない。
最初に「アマチュア」と設定した時点でできることには限度があるし、逆に「プロフェッショナル」と分類すればできることも増え、選択肢も多くなってくる。
立ち上がりの段階で素人が巻き込まれたとするか、それとも鍛え上げられた者たちが戦うのかでヒーロー性重視と人間性重視の作品に大きく分かれているのだ。
一言で「70・80年代戦隊」と言っても「強い戦隊」と「弱い戦隊」、そして「組織の規律」を重視する戦隊と「個人の意思」を重視する戦隊ではっきり別れるのが興味深い。


(1)秘密戦隊ゴレンジャー

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ゴレンジャーのWant・Must・Can


(チームの特徴)
シリーズの原点ということもあり、やはり非常に洗練されたプロフェッショナルチームであることが伺えるが、これはゴレンジャーハリケーンと大岩の存在が大きいだろう。
ゴレンジャーストーム、そしてゴレンジャーハリケーンはどんどん進化していき、色々なものに形を変えるようになるが、最終回で彼らは「カシオペア」を使った。
この意味は非常に大きく、解釈は諸説あるが、より強大な黒十字総統を倒すためには個人の力も組織の力も遥かに超えた「星の力」が必要だったということではないだろうか。
最初は単なる上意下達の職務として始まった5人の関係性が後半でどんどん打ち解けていき、より濃いものになるに連れて、彼らの関係性はいわゆる「戦友」と呼べるものになる。
そうなった要因としてゴレンジャー予備軍上がりの熊野大五郎が入っていたことも大きく、彼には結局大岩大太の代わりは務まらず、大岩が帰ってきたことでより結束が強まった。
この大岩が一時的に離脱して戻ってきて絆を結び直したことにこそ、彼らがゴレンジャーハリケーンカシオペアを使って黒十字総統を倒せた要因があるのだろう。


(2)ジャッカー電撃隊

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ジャッカーのWant・Must・Can


(チームの特徴)
国際組織という所属だが、彼らはあくまで「犯罪捜査」を生業としており、守っているものは前作「ゴレンジャー」と比べて遥かに小さい。
そんな彼らが大きな力を手にするに至った理由は2つあり、1つが「サイボーグヒーロー」という設定、そしてもう1つが後半に現れたビッグワンこと番場壮吉の存在だ。
後半で番場壮吉が現れたことで4人は一気に存在感をなくし集団ヒーローですらなくなったが、しかし元を辿れば彼らは最初の時点で人間であることを捨てたのである。
その時点でどうあがいても「組織の駒」にしかなりようがなく、だからどれだけ大きな力を使おうが大きな指導者が存在しなければ守れるものは大きくないのだ。
前半だけ見れば精々2程度しかなかったチーム全体の力を4にまで引き上げられたのは皮肉なことに個人レベルで世界を変える力を持ちうる番場の存在があってのものだということを忘れてはならない。
逆に言えば、番場に全てを委ねていたからこそ終盤で桜井とカレンがラブロマンスに現を抜かすことが可能だったのだとも言える。


(3)バトルフィーバーJ

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バトルフィーバーのWant・Must・Can


(チームの特徴)
国際組織所属の設定だが、前半の段階を見ればWantとMustは逆であり、前半は本当にやる気のないいい加減なサラリーマンの描写が目立った。
だがそれは逆に言えばエゴスがそこまで大したことがない敵だったからに過ぎず、後半〜終盤に至って敵が強化されていくにしたがい事情は異なる。
彼らは中盤で一度自分たちの油断が原因で大敗を喫して鉄山将軍に雷を落とされ、更に後半ではミスアメリカの交代と初代バトルコサックの死亡を経験した。
この絶望的な経験、そしてサロメという女性幹部が強敵として立ちはだかったことにこそ、バトルフィーバーが最終的に前作に近いレベルのCanを手にしたと言える。
序盤のやる気がなく頼りない彼らと終盤でのチームとしてまとまった彼らを見ればその違いは一目瞭然であり、よくぞここまで成長できたものだ。


(4)電子戦隊デンジマン

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デンジマンのWant・Must・Can


(チームの特徴)
歴代戦隊初の私設組織という設定になっているようだが、その実態は所詮アイシーの統制がなければ動けない組織の駒であるが、1人だけ反乱分子がいた。
それがピンクこと桃井あきらであり、彼女だけは最終話まで見てもイマイチこの戦いにやる気というか存在意義を見出していなかったように思われる。
普通の戦隊ならそこからあきらの成長につなげても良さそうだが、彼女は劇中で何度もメンバーの足を引っ張り、時にはすけべじじいに狙われそうにもなった。
そしてそのことがメンバー全体の甘さにも繋がっており、物語の終盤でバンリキ魔王を倒す際に彼らはアイシーの意思を無視して出撃したが、結果的に失敗に終わる。
元が素人だったのだから十分な戦士としてのバックボーンがあるわけでもなく、彼らが最終的に勝てた理由は皮肉にもラスボスたるべきへドリアン女王が弱点を教えてくれたからだ。
つまりそれがなかったら彼らは自分たちの判断で世界の運命を変えられるほどの大きな力を持たなかったということではないだろうか。


(5)太陽戦隊サンバルカン

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サンバルカンのWant・Must・Can


(チームの特徴)
シリーズ5作目にして究極のプロフェッショナルチームを作るに至り、ある意味で「戦隊」というもののイメージを最もよく体現した存在ではないだろうか。
Canが5という最大値に達している理由は他ならぬ嵐山長官の存在であり、本作の真の主人公にして真のヒーローは嵐山長官と言っても過言ではない。
3人は所詮その嵐山長官の手足となって戦う組織の都合のいい駒でしかなく、「ジャッカー」のビッグワンとその駒たちを軍人戦隊に置き換えただけだ。
実際ラスボスにトドメを刺したのも嵐山長官だし、物語中盤で起こったバルイーグルの交代も劇的なものではなく、単なる人事異動に過ぎない。
いわゆる「ナショナリズム」の極北と言える戦隊だが、そんなチームを年間見ていて面白いかと言われたら全くの別問題であろう。


(6)大戦隊ゴーグルファイブ

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ゴーグルVのWant・Must・Can


(チームの特徴)
前作「サンバルカン」と対を成すかのように、本作は完全に個人の力かつアマチュア戦隊であることが序盤ではっきりと明言されている。
その中でも象徴はゴーグルピンク・桃園ミキであり、本作は大袈裟に言えば彼女の成長譚として作られたと言っても過言ではない。
ここから戦隊の戦いが「自発的な闘争」、すなわち学生運動全共闘をモデルにしたものになり、しかも個人の力を重視したものになった。
歴代初の司令官不在の戦隊でメンバーは全員素人、正に前作「サンバルカン」とは逆のチームだが、だからこそ彼らが持てる力は決して大きくはない。
最終回、彼らは暗黒科学デスダークに打ち勝ったが、それは「科学の力を未来のために正しく使う」という世界の実現を意味するものではないのだ。
ミキたちは理想の世界をこれから作り上げていかなければならず、真の理想への第一歩を歩み始めたばかりなのである。


(7)科学戦隊ダイナマン

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ダイナマンのWant・Must・Can


(チームの特徴)
前作「ゴーグルV」が実現した「科学の力を未来のために正しく使う」というテーゼの先を行くのが本作のダイナマンである。
将来は世界を発展に導く科学者になりたいという未熟な若者たちの集まりが北斗たちであり、夢野博士もそんな彼らの将来性に期待していた。
しかし、物語終盤に入ると、実はその夢野博士こそが科学の力を間違った使い方をしてしまったとんでもない人であることが明らかになる。
ダイナマン5人の信頼関係にヒビが入り、しかしその上で彼らは夢野博士を信頼して戦う道を選んだのだが、一方でそれは彼ら自身の成長となったわけではない。
夢野博士について行くしか方法がないからその選択をしただけであり、だから彼らもまたジャシンカ帝国を倒すことが最終的なゴールにはならないのだ。
「敵組織を倒す」ことと「理想の世界を実現する」ことが必ずしもイコールで結ばれるものではないことを示したのがダイナマンというチームである。


(8)超電子バイオマン

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バイオマンのWant・Must・Can


(チームの特徴)
「超電子」という名前の通り、本作の世界観やストーリーの骨子は「デンジマン」のベースを受け継ぐものだが、そのデンジマンよりも素人なのがバイオマン5人である。
初代イエローフォー・小泉ミカが第一話のラストで戦士の使命を拒否するのも桃井あきらの流れを汲んでおり、より自発的な闘争という側面が強くなった。
だがそのイエローフォー・小泉ミカは序盤で死亡してしまい、2代目イエローフォー・矢吹ジュンが入るが、彼女も所詮はアマチュアの領域を抜け出ない。
物語が進むにつれ、史朗たちは実はドクターマンこそが間違った科学の使い方をしてしまった地球人であり、このとき初めて敵を「個人」と認識することになる。
だから彼らは最終的にドクターマンをその手にかけることができず、彼の機能停止という形でしかその結末を迎えることができない限界を露呈させてしまった。
結果としてデンジマンを超えるどころか、むしろ十分な力と技がなければ何も変えられないことを白日の元に晒したのが本作であろう。


(9)電撃戦隊チェンジマン

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チェンジマンのWant・Must・Can


(チームの特徴)
「ゴーグルV」からずっと続いてきた「自発的な闘争」に基づく理想のチームヒーローがいよいよ本作をもって実現した。
未曾有の敵の襲来を前にして「よーし!俺はやるぞ、伊吹長官!」「俺もだ!」「俺もだ!」「私も!」「私も!」と言い出すところがその表れだ。
彼らは軍人でありながら、同時に「個人」として戦うことを意味し、それが彼らの力の源である「科学力」と「アースフォース」という力の特徴とも繋がっている。
MustとWant、個人と組織、常に二者択一を迫られどちらかを犠牲にする彼らの戦い方は痛ましくもあるが、そんな彼らかだらこそ終盤で星間連合を結成するに至ったのだ。
和解ではなく呉越同舟という形で敵だったゴズマの元幹部が味方になる展開は歴代でも類を見ないが、一方でアハメスやギルーク、ブーバのように悪党として散っていったものもいる。
その元凶であるバズーを倒したことでいよいよ「戦いなき平和な世界」が実現したが、「ゴレンジャー」が積み残した「自己犠牲」の壁を彼らは超えることができなかった。
ヒーローは全てを投げ打たないと平和な世界を実現できないのか?ヒーロー自身が幸福になることは許されないのか?それが本作が後続の戦隊ヒーローに残した課題である。


(10)超新星フラッシュマン

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フラッシュマンのWant・Must・Can


(チームの特徴)
本作から「地球の平和を守る」「理想の世界を実現する」以外の「肉親と再会する」という私的動機が設けられるようになるが、結論からいえば本作でそれは実現しなかった。
ジンたちフラッシュマンは小さい頃に親元を強制的に離れさせられるという痛みを経験し、そのためにメスに復讐を誓い全てを投げ打つ覚悟で戦うことになっている。
「ゴーグルV」以来となる司令官不在の戦隊だが、より「自発的な闘争」という学生運動の気質が色濃く表れることになったのがフラッシュマンと言えるだろう。
だが、そんな彼らの個人的な願いが叶うことはなかった、何故ならば彼らには「反フラッシュ現象」という最大の敵が終盤で襲いかかり、地球にいられなくなったからだ。
最終回、確かに彼らはメスを倒して地球に平和をもたらしたが、一方で彼らの個人的な願いが果たされることはなく、最後まで挫折したまま全てが終わってしまう。
プロフェッショナルチームでCanが高いのに4.5で止まってしまうのはまさにその壁を超えられなかったからであり、以後長きに渡って戦隊シリーズは「個人の幸福」を模索することになる。


(11)光戦隊マスクマン

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マスクマンのWant・Must・Can

 


(チームの特徴)
前作が積み残した「個人の幸福」という課題を本作ではタケルとイアルとの恋愛という形に投影させているが、結論から言うとこれも失敗に終わってしまった。
それも仕方あるまい、何せ当のタケル自身がイガムが女とわかった瞬間に「女だから殺せない」などととんでもない公私混同を犯してしまうのだから。
マスクマンの5人はあくまでも「格闘術の素質が高い若者」というだけであり、それ以外の戦士としての心構えなどは未熟であると言っていいだろう。
だからこそCanが1.5しかなく、彼らは地底帝国チューブこそ倒すことができたものの、理想の世界の実現もできなければ、個人の幸福も得られなかったのである。
そう考えれば、何故タケルとイアル姫が結ばれなかったのかも納得が行き、タケルたちは戦士としてあまりにも力と技といった実現するための手段が未熟すぎた。
ここで作り手は「自発的な闘争」の壁にぶち当たるのだが、その行く末がどうなるのかは次作で明らかとなる。


(12)超獣戦隊ライブマン

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ライブマンのWant・Must・Can


(チームの特徴)
本作は「ゴーグルV」から続いてきた「自発的な闘争」にいよいよ答えを出す時が来たのだが、結論から言えば本作が辿った末路は学生運動の終焉そのものである。
ボルトの幹部3人は勇介たちの元学友であるが、決して仲が良かったわけでもないし、またいざとなれば3人を殺す決断をすることも彼らは厭わなかった。
その中で唯一救われたのは中盤で物語の核になったオブラーこと尾村であるが、彼も終盤ではまたもや戦いに巻き込まれることになってしまう。
終盤の展開は形を変えた連合赤軍の総括、浅間山荘事件の展開そのものであり、カリスマの指導者が威厳を失った結果ボルトは内ゲバによる自滅を辿ってしまった。
結果として本作の最後には爽快感よりも苦さが勝ってしまったのだが、結局本作でも個人の幸福を得ることには失敗してしまったのである。
この学生運動の挫折からどのようにすれば立ち直ることができるのかを模索していくのが次作以降で模索されることになるだろう。


(13)高速戦隊ターボレンジャー

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ターボレンジャーのWant・Must・Can


(チームの特徴)
本作は歴代初の学生戦隊だが、決して彼ら個人はそんなに強くはなく、強そうに見えるが所詮は見せかけでしかない。
その証拠に彼らは何度も変身不能に陥るし(しかも多くが自分たちのせい)、ヤミマルとキリカを説得して味方にできるほどの人間力もないのだ。
レッドターボが歴代最強候補に挙げられるが、それはレッドが強いのではなく敵が弱いのであり、本作はそもそもターボビルダーで暴魔の力を抑え込んでいる。
つまり太宰博士の力によってイージーモードのゲームをやっており、彼ら高校生はあくまでもその恩恵に預かった上で戦っているだけだ。
普通なら何の社会的背景もない彼らが即座に戦う決意ができたのは妖精によるアハ体験以上に戦いがイージーモードだったことが影響している。
だから、暴魔を倒すことはできたしキリカとヤミマルは結ばれたものの、それが本当の意味で理想の世界の実現となったわけではない。


(14)地球戦隊ファイブマン

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ファイブマンのWant・Must・Can


(チームの特徴)
本作は歴代初の兄弟戦隊だが、学の統率力が非常に高いこともありWantではなくMustの方がとても強い戦隊であると言えるだろう。
全員で教師という国家公務員の職業を選んでいることもその表れと言えるが、それが一方で兄弟というよりも同僚、同居人に見せている。
そんな彼らにとっての数少ない私的動機が「両親との再会」であるが、これは「フラッシュマン」のリターンマッチと言える格好だ。
結果として、彼らは見事に銀帝軍ゾーンを倒したが、それは敵側であるゾーンのボス・バルガイヤーが私的動機である「メドーと添い遂げる」を実現できなくなったからである。
歴代戦隊で失恋が敗因となったラスボスも前代未聞だが、そのおかげで星川兄妹は個人の幸福を実現するに至ったと言えるだろう。
シリーズから数えて14作目、とうとう「個人の幸福」を実現したヒーローが登場し、次作「ジェットマン」以後へ継承されていく。