明日の伝説

好きな特撮・アニメ・漫画などに関する思いを書き綴る場所

スーパー戦隊シリーズ33作目『侍戦隊シンケンジャー』(2009)39・40話感想

 

 

第三十九幕「救急緊急大至急」


脚本:小林靖子/演出:加藤弘之


<あらすじ>
旗上島でアクマロが怪しい儀式を行い、黒い何かが島中を覆って降り注ぐ。それを浴びた島の人たちが凶暴化してしまい、島の異変を察知した丈瑠たちは外道衆の仕業だ睨み現地へ急行した。島に到着すると、丈瑠と茉子、流ノ介と千明、ことはと源太の2人ずつに分かれて調査を開始する。殿と茉子はそれぞれ因縁の相手である十臓と太夫と戦うことになるのだが…。


<感想>
さて、ついにやってきました。シンケンジャーもここからいよいよ最終章に向けて物語を本格的に動かしていくことになります。
ようやく2クール目、3クール目の退屈な時期を過ぎて、やっとここからまた1クール目のシリアスで重厚な雰囲気が戻ってまいりました
今回と次回は見所満載ですが、特に今回の見所は丈瑠と茉子のやり取り…今までちょくちょく匂わせる感じでやっていましたが、決め手に欠けるこのコンビ。
いわゆるトップと参謀の会話なのですが、小林女子はどうしてわかっていながら攻めてこないかなあと思ったのですが、やっとここで来た感じです。


三十四幕で茉子の唯一の欠点であった「親の愛情」が埋まってから迷いや躊躇いがなくなった茉子姐さん、ここぞとばかりにグイグイ攻め込みます。
そしてそれに対して動揺しまくる殿がもう完全なツンデレ乙女という感じで、この辺りはかなり狙い澄ました感じですね。
茉子姐さんかっこいいし、丈瑠はもうクールビューティだし、そんな2人のやり取りがたまらんですよ。


「気になってるの?十臓が言ったこと…前の戦いで勝ったのは丈瑠の方じゃない。弱くなったとも思わないし」
「腕じゃない。十臓が言ってた通りだ」
「悪いこととは思えないけど」
「少なくとも1人で戦ってた時とは違う」
「うん、確かに。最初の頃の丈瑠とは違うよね。特に最近は、どんどんなんていうか……」
「お前達と戦うのが普通になってる」
「ていうか、みんなと一緒に居るのが普通って感じかな。私もそんな感じかな。流ノ介たちもそうだと思う。それっていいことじゃない?昔の殿様と家臣とは違うかもしれないけど、私たちはこれが」
「違う!」
「え?丈瑠?」
「俺は……違う!」


もうなんか丈瑠の主人公力と共にヒロイン力がめちゃくちゃ上がっているのですが、相対的に茉子姐さんのヒーロー力がグイグイ上がっている感じ。
実はここで茉子は丈瑠の異変に気付きながらもその本質には気付いておらず、丈瑠が抱えている悩みの本当のことは何も知りませんでした。
つまり、ここの2人って噛み合っているようで実は噛み合っておらず、丈瑠は自分を隠すのに必死で茉子に意識が向いていません。
茉子は欠落が埋まったことで本当の意味で優しくかっこいいお姐さんとなったのですが、丈瑠の抱えているものだけはいまだに読み取れないのです。


丈瑠は「あいつに見透かされた」と十臓に自分の奥底を見透かされたようなことを言っていましたが、ここでわざと2クール目と3クール目がグダグダだった理由をフォローしています
まあ全体的に見るといまいちメリハリがない2クール目と3クール目でしたが、思えばこの6ヶ月間は十臓との勝負以外で明確に物語の中心だったことがないんですよね。
どっちかといえば家臣たち4人や源太がわちゃわちゃしながら盛り上げていた感じで、それを通して丈瑠自身も思わずみんなの輪の中にいるのが当たり前でした。
しかし、このままなあなあになってしまっては距離感を見失うし、中心にある「殿と家臣」という本作のテーマが揺らぐことになってしまいかねません。


そこで復活した十臓がそんな風に柔らかくなっている殿をぶん殴って「甘いよお前」って来たことで、またもや丈瑠の中には迷いが生じ始めています。
しかし、その悩みとは初期1クールとは明らかに質の違うものであり、初期1クール目は「家臣たちを必死に守り引っ張っていくこと」にありました。
今回の悩みはそれに対して「みんなと近くなり過ぎてしまったこと」にあり、かなり意図的にその辺りをやっていたことが伺えます。
思えば外の人たちとの交流がそれなりにあったのも、シンケンジャーを正統派ヒーローとして補強しようという側面もあったようですし。
だからこそ、その後に丈瑠が太夫に斬られて怪我したところで、それを庇いに来る茉子のやり取りが映えるのです。


「茉子…馬鹿、俺のことはいいから」
「忘れたの?約束でしょ、命を預けるし、命を預かるって。その約束が丈瑠を弱くするとは思わない。 一緒に居て一緒に戦ってこの世を守る。丈瑠、私が今言えるのはそれぐらい」


ここで改めて第十二幕で誓ったあの時のやり取りをしっかりと伏線回収して来るところも素晴らしく、ここでちょっと十二幕のやり取りを思い返してみましょう。
あの時茉子は「丈瑠に命預けるよ!」と言い、丈瑠も丈瑠で「俺の命、お前たちに預ける」と言ったことを今度は茉子が駄目押しします。
改めて丈瑠は押しに弱い人だなあと思いつつ、ただそれでさえも今の丈瑠にとっては凄く苦しいものになってしまっているようです。
家臣たちと一緒に戦い続けて来たことがいい方向に作用するのではなく、むしろ丈瑠に迷いを生じさせる元になるというのもまた見所でしょうか。


丈瑠は茉子の言葉でギリギリ「志葉家当主」として踏みとどまって戦いますが、改めて本作は「志葉丈瑠」という個人と「殿様」という公人がはっきりと区別されていることに気づきます。
おそらく2クール目で戦った時はその「志葉丈瑠」と「殿様」をしっかり使い分けることができていて、第二十六幕の決戦では「殿様」ではなく「志葉丈瑠」という侍として戦いました。
しかし、3クール目は仲間たちの家庭事情などを見ていくうちに、爺の家庭事情まで憂慮するようになり、段々とその辺りの区別や境界線が曖昧になっていたのでしょう。
そう考えると、第三十八幕での爺への思いやりはギャグっぽく見せておきながら、実は丈瑠が段々と精神的に甘くなって来ていることを示したといえます。


それを振り切っての戦闘シーンはめちゃくちゃかっこよく、正直猛牛バズーカ自体はあまり好きじゃなかったのですが、今回は文句なしにハマりました。
実質は前回のお口直しというか、フォローし損ねた部分を改めて補強した感じで、丈瑠と茉子の関係性の補強、その2人の因縁の相手との関係の補強でストーリーをグッとシリアスに。
一方で源太とことは、流ノ介と千明は3クール目ですっかりバカっぽくなっていつの間にかギャグ担当になっていました…ここからは丈瑠と茉子がシリアス、残り4人がギャグを担うようになります。
ストーリーもアクションも演出も今回は無駄がなくまとまっていて、加藤監督の演出も違和感なくハマっていました。評価はもちろんS(傑作)です。


第四十幕「御大将出陣」


脚本:小林靖子/演出:渡辺勝也


<あらすじ>
十臓から「お前は弱くなった」「自分を惜しむようになった」という言葉を受けて丈瑠はまたもや挙動不振に陥り、いつの間にかまた家臣たちと距離を置くようになっておいた。血祭ドウコクは骨のシタリに太夫を連れ戻すように命令し、アクマロに太夫の三味線を返すように糾弾する。その太夫は十臓とともに見返りを通すようアクマロに催促するのだが…。


<感想>
血祭ドウコク、いよいよ大暴れ!!


はい、もう満足です今回はこれが見られただけで…今までただ酒を飲んで威張ってただけのドウコクがいよいよ出陣。
いやあ、めちゃくちゃカッコよかったです、もはや丈瑠の悩みなんて「しゃらくせえ!」と言わんばかりの勢いで全部吹き飛ばしてしまいました。
最終技の猛牛バズーカすらも効かず、今まで決して何があっても折れることのなかったシンケンマルを真っ二つにし、シンケンジャーは全滅寸前に。
個人的にここまでの大ピンチは十一幕以来で、あの時とは違い戦力も何もかもが充実した状態でこの強さというのが恐ろしい。


第一幕からいた奴がラスボスというのはそれこそ同じ小林脚本の「ギンガマン」以来ですが、パワーだけならゼイハブと同等クラス。
ただし、あっちとの大きな違いは「知力」にあって、経営や人心掌握に関してはほとんど骨のシタリに任せていた印象です。
ゼイハブはこのドウコクの圧倒的武力に加えて「タイムレンジャー」のドルネロが持つカリスマ性と経営のセンスまで持ち合わせています。
つまり、ゼイハブをモデルとしてそこから知性派のドルネロと武力派のドウコクという風に枝別れしているような感じですね。


武力に特化しただけあって、その強さは折り紙つきならぬ折神付きで、終盤に向けて物語のハードルをガンガン上げて来ました。
前回からこっち、しつこく続いていたウタウダ丈瑠の悩みをそろそろ誰かバッサリと切って欲しかったので、ここでドウコクを出したのは大正解。
十臓は「あんな腑抜けは嫌だ」って感じで丈瑠を損切りしてましたし、彦馬爺さんからもダメ出しを受けていたので、凄くいいハードルとなったのです。
このまま物語がずっと「丈瑠可哀想」になりかねないところで素早く角度を切り替え、御大将の圧倒的な強さで一蹴したのは最高。


まだ完全に復活しておらず水切れが早いという設定もここで有効に活かされ、これまで物語の中で浮き気味だった設定がドウコクの登場と共にしっかり噛み合いました。
それから私はこれまで散々シンケンジャーのパワーアップを「過剰武装」「物語の意味付けがなされてない」と詰って来ましたが、ここでうまくバランスが取れています
なるほど、あの猛牛バズーカやスーパーシンケンレッドですらも一撃で戦闘不能に追い込む威力となれば、そりゃあ倒せんわなと…。
そして戦闘不能に陥った丈瑠はことはがしっかり運んでいくのですが、このシーンのことはがまた凄く男前。


前回の感想で入れ忘れましたが、茉子だけではなくことはもまた丈瑠の異変に気付いていて、しかしそれを誰にも言えず悶々と抱えてしまいます。
ここで茉子と丈瑠だけが距離感を縮めてしまうといけなかったので、ここでことはが茉子の代わりに丈瑠をというのはバランスを取ってきたのでしょうか。
正直茉子もことはも単独では魅力が薄いので、ここで丈瑠に対する屈折した思いやりを見せるのはとてもよかったところです。
敵側も敵側で太夫のために怒りで出撃するドウコクに持って行ったことで、かなり太夫のキャラ立ちもはっきりしましたし。


それからシタリの「あれは人で言うなら「執着」かねぇ」という言葉がこれまたエッジの効いた台詞回しで、こういう切れ味のある言葉を言わせたら、さすが靖子さん。
そう、十臓がやたら丈瑠を狙い続けるのも、茉子と太夫の関係も、そしてドウコクと太夫の関係も全てが「執着」であり、欲という欲を更に拗らせた野党の集まりであることが判明。
これから終盤の展開でよりその色が強くなっていきますが、それはある意味でいうとシンケンジャー側にも当てはまる言葉ではあるんですよね。
だって、丈瑠と家臣たちの主従関係、そして丈瑠と源太の幼馴染の関係もある意味では「執着」であるわけじゃないですか。


丈瑠がずっと家臣たちとの仲を深めることに反対したのも、逆に彦馬爺や家臣たちが丈瑠をしたって付いていくのも、悪く言えば「執着」と言えないこともありません。
人によってはこの時代錯誤にも見える主従関係は一種の宗教ではありますし、そういうものに縋って戦い続けることが「執着」と言わずして何といえばいいのか?
「友情」「絆」というのも結局は執着を綺麗に言い換えただけではないのか?そんな爆弾発言がここで放り込まれることで物語に奥行きが生まれました。


これからシンケンジャーが終盤に向けてどうなっていくのか、その動向をじっくり見守っていこうではありませんか。
やっと停滞気味であった大枠が前回と今回で本格的に動き始め、このラスト1クールでどのように物語を締めてくれるか楽しみです。評価はいうまでもなくS(傑作)

 

にほんブログ村 テレビブログ スーパー戦隊へ
にほんブログ村