明日の伝説

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スーパー戦隊シリーズ39作目『手裏剣戦隊ニンニンジャー』(2015)13・14話感想

 

忍びの13「燃えよ!ニンジャ運動会」


脚本:下山健人/演出:金田治


<あらすじ>
十六夜がよみがえらせた新たな幹部は牙鬼家家老・晦正影(つごもり・まさかげ)。いかなる計略にも遊び心を入れるのが「粋」という彼の信条によりもたらされる作戦とは?天晴たちは「忍者運動会」に参加することになり、燃えていた。彼ら以外にもいろんな流派の忍者が結集している。そんなころ、キンジはラストニンジャ好天より孫たちと仲良くし過ぎな点を指摘され……。


<感想>
「1人しか継げぬラストニンジャを塾かなんかで学ぶことと混同するでない」


え?じゃあ今までのニンニンジャーの戦いは全部塾レベルの緩い勉強だったということでよろしいでしょうか?(笑)
というか、そもそも「ラストニンジャは1人しか継げない」とか言われたところで「だから何?」としか思えないのですけどね。
今回にしても次回にしても、どうして本作は物語中盤の山場でやるような話を序盤の立ち上げの段階でやるのか、全く理解できません。
今後も再三書くことになりますが、本作のやっていることを勉強に例えると「小学生レベルの基礎問すらできてないバカがいきなり東大の赤本を解く」レベルの愚かさなのですよね。


「あっしは狙う方。坊ちゃん方は狙われる方。仲良くするのは、変でございやす」
「何急にキャラ変わって?ただでさえ変な忍者なんだから」
「変でございやすか?」
「うん、すっっごい変!お爺ちゃんに弟子入りとか変すぎ」


いきなり核心を突いてしまった凪と核心を突かれて動揺するキンジの関係が最近の私のフォロワーさんと私のように見えてしまい、思わず吹き出してしまいました(爆)
ただ、確かにキンジが変というのはその通りなのですが、キンジの「ニンニンジャーと距離が近すぎたから敢えてまた距離を取る」とか凪の指摘する「急にキャラ変えしたこと」はこの段階で描くべきことではありません。
これらのテーマはまずキンジのキャラクターを最低1クール以上かけて丁寧に描き、キンジの考え方や戦い方、そしてニンニンジャー5人との関わりの中で描いた変化を踏まえてこそ意味があるわけです。
しかし、キンジはまず基礎基本のキャラ立て自体がまだできていない上、そのニンニンジャーとの関わりにしても精々毎回天晴や好天をストーカーのようにして付け回すくらいしか印象に残る描写がありません。


強いて心境の変化らしきものがあるとすれば前回の天晴を4人が信頼し、その信頼を見て絆された感じなっていましたが、あれも結局天晴マンセーのための取って付けたようにしか見えませんしね。
つまり、普通の戦隊が1→2→3と段階を踏まえて描写し持って行くべきところを本作は1→6→2→100→-10みたいなバラバラな持って行き方をするため、全然理解も共感も納得もできないのです。
また、そのような本来ギャグではなくシリアスで描くべきテーマを中途半端に運動会という描写の中でしか描かないのもまた「何だかなあ」と思ってしまっています。
なぜ運動会かというと、単純にドラマよりもアクションで見せたい金田監督の作風に合わせた形で、確かにアクションではなかなか面白いものが見られました。


ただ、そのアクションですらもその物語のチグハグさをカバーできるようなものでは到底ありませんし、運動会に参加していた他のニンジャたちって一体何者か?という疑問もありますし。
通常なら「あっそ」でスルーしてもいいはずの出来事がことごとく引っかかってしまい、わざと仕掛けているであろうズレが全く面白みに繋がりません。
フィニッシュはアカニンジャーとスターニンジャーの連携攻撃で決めていましたが、これは画の組み合わせが完全にシンケンジャー」十八幕のシンケンレッドとゴールドの同時攻撃のパクリです。
これに関しては「インスパイア」でも「オマージュ」でも「パロディ」でもなく完全な「パクリ」であって、むしろこれがやりたいがために話を作ってきたんだろうなと思いました。


しかし、シンケンレッドとゴールドの連携攻撃が即席ながら上手く行ったのは源太が丈瑠の幼馴染という設定ありきで、しかも正統派な剣術の丈瑠と居合術の源太という違いを示していたからです。
両者の個性と性格の違いを重ねつつ、自然に源太がシンケンゴールドとして戦う流れを踏まえればこそあの連携にも違和感がなかったわけで、本作のアカニンジャーとスターニンジャーでそれは無理じゃないでしょうか。
前回配信分での八雲とキンジの衝突といい、どうも本作は悪い意味での「シンケンジャー」リスペクト、うっちーリスペクトをやっているのですが、ガワだけ変えた割に元ネタはそのままだったりするから困ります。
元ネタを安直に引用するのではなく、なぜその元ネタが成立しているかをしっかり分析した上で「この作品ではそれはできないからじゃあ代わりにこうする」と独自の派生ネタを考えるのが筋です。


何が言いたいかって、要するにここまでの物語が全て作劇の基礎基本すらできていないのに積み重ねを無視してあれこれ手を出しては失敗という繰り返しを改めて認知させたことにあります。
「とにかくあっしは2人を超える妖怪ハンターになる為、ラストニンジャ様の弟子になろうと思ってるんでございやす」と言っていますが、この発想もただただ意味不明。
天晴や好天を超えることと妖怪ハンターであること、そしてラストニンジャの弟子になることが全て別事項にしかなっておらず、「線」になっていないのです。
そもそも天晴たちニンニンジャーと牙鬼軍団が戦う理由や因縁すらまともに構築できていないこともキンジがズレた発想を持つに至った理由の説明になっていないことに繋がっています。


まあその他、単純に運動会の種目自体が面白くないですし、あんな山の中に不自然にる自販機など、結局個々の要素がバラバラに存在しているだけのいつもの「ニンニン」クオリティでした。
総合評価はもちろんF(駄作)、ここまで基本的にこの評価しか出ていないのは逆に凄いのかもしれません。


忍びの14「助けてサギにご用心!」


脚本:下山健人/演出:金田治


<あらすじ>
スターニンジャーはあいかわらず天晴に向かって「御命頂戴!」と隙を狙っている。おかげで部屋がめちゃくちゃになり、風花は爆発!キンジと天晴は神妙にしていたが、妖怪が現れるとすぐ飛び出してしまう。誕生した妖怪はヤマビコ。公衆電話と融合した妖怪は早速電話をかけ始める。「お兄ちゃん!助けて!」風花の声で電話の相手は天晴宛だったのだが……。


<感想>
「お前なんか知らないけど、俺を騙したらしいな!」


はいこいつ、戦隊随一の「バカレッド」決定!


もう誰が何と言おうとこの瞬間に天晴は私の中で歴代最強最悪のバカレッドに決定しました、おめでとう!(えぇー?)
そんな今回の話ですが、まさか戦隊シリーズデカレッド/バンを超える突き抜けたバカがここに誕生するとは思いませんでしたよ。
だってさあ、こんなあからさまなオレオレ詐欺に引っかかるなんてアホすぎるというか、流石にサスケや鷹介はこんな手口に引っかからないと思うのです。
まあ強いて言えば鷹介はバカなのでひっかかりそうですけど、そういう時は大体兄者が諌めてくれますから。


今回の話は天晴と風花の兄妹の絆をメインに見せたかったのでしょうが、そのために2人とも妖怪に騙されてしまうというのはやり過ぎだったと思います。
というか、こういう老獪な手口の罠である場合、知性派の八雲と霞を裏で活躍させた方がより「チームの絆」や個性というものがちゃんと描けたはずなのですが、それすらできていません。
天晴ってファンからは「自分がバカであることを自覚して周囲に任せることができる」と評価されてますが、そんな大局的な目線の持ち主だったらこんなセリフを吐かないでしょう。
騙されるのは仕方ないとしても、それなら八雲や霞に「いや待て、そんな話があるわけがない」といった常識的なツッコミやそこから逆転の知略を考えるなどするはずです。


それをどうして本作は「名前ではなくコードネームで呼び合う」になるのかがわかりません……まあ下山健人らしい「論点をずらした挙句のわけわからんオチ」への繋げ方と言えばそうですが。
どちらかと言えば今回は「名前」ではなく「声が似ていたから」騙されたわけで、そのような場合発言の言質を取って「本物の天晴ならそんなことをいうか?」と疑うのが真っ当な解決方法です。
こういう詐欺の手口はまず相手の言っていることの大前提を疑うところから始めないといけませんし、むしろこういう腹の探り合いこそニンジャヒーローの醍醐味なわけで。
本作はどうにも「忍びなれども忍ばない!」「忍ぶどころか暴れるぜ!」というキャッチフレーズから察するに、お堅いニンジャヒーローをバカの理屈に染めたいのでしょう。


しかし、「話がバカっぽいけど笑える」ことと「登場人物の頭脳がバカである」ことは全く違うわけであり、本作はどうにもその辺りの区別やメリハリがついていません。
それからキンジがニンニンジャーをつけ狙うのが「家族の幸せがわからない」のはいいとして、だから簡単に人の命を取る方向へ持っていくというのは単なるサイコパスでしかないでしょう。
ある意味でキンジは幼少の頃に倫理観や価値観を壊されてしまった人といえますが、それが物語の面白さになっているわけでもないし、また仲間の命を奪おうとすることの免罪符にはなり得ません。
下山健人に限りませんが、どうにも「倫理観が狂っているが故の面白さ」を「非常識であること」と混同している作り手は沢山いますが、本作もそれにもろはまっていることに。


それからラストのシリアスな兄妹の稽古シーンもそれ自体は悪くないのですが、そもそもニンニンジャーの真面目な稽古シーン自体があまり印象がないので(大体は試験や勉強だった)取ってつけたようにしか見えません。
あとあまりにも画面が暗すぎて表情がよく見えないのもあって、金田監督はアクションだと色気は出せてもドラマを撮らせたらダメだなあと思ってしまうのです。
まあ女の生足撮ることしか基本的に興味がない坂本浩一監督よりはマシですけど……総合評価はF(駄作)。多分この評価はもう最終回まで覆らないんじゃないかなあ。

 

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