明日の伝説

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スーパー戦隊シリーズ39作目『手裏剣戦隊ニンニンジャー』(2015)9・10話感想

 

忍びの9「忍術VS魔法、大バトル!」


脚本:下山健人/演出:加藤弘之


<あらすじ>
八雲の母、加藤春風が来日した。世界的ファッションデザイナーで、日本のショーに参加するためだった。道場では、皆でネコマタの行動を分析していた。過去でも、道場でも「終わりの手裏剣」といったものを探していたようだ。父、旋風は、昔、家で見た事がある……と、話していて、テレビのニュースに目が止まる。なんとまさにその手裏剣がファッションショーのドレスのアクセサリーとして、春風が使用していた。5人による「 終わりの手裏剣奪還作戦」が始まる――!


<感想>
「俺は魔法使いでも忍者でもない。魔法忍者だ!」


えーっと、忍術も魔法もアプローチが違うだけで奇妙奇天烈な技の使い手なのは同じだと思うのですが、何がどう違うんでしょうか?


八雲の母親が登場し、終わりの手裏剣というキーアイテムが既に序盤から登場、しかも後半では次回の目玉となるスターニンジャーも初登場とかなりまた無茶振りを盛り込んでいますが……。
うーん、天晴マンセーの流れ自体はないからまあよかったんですけど、それでも全体を見ると「お前ら「NARUTO」と「ハリーポッター」シリーズに土下座してこい!」と言いたくなります。
まあ別にこの程度のレベルの低さで両作品とも傷がつくわけじゃないんですけど、魔法と忍者のどちらが優れているかの基準が「かっこいいかダサいか」というのは初めて聞きました。
何かなー、こういうのを見てしまうとどうも作り手の底の浅さが露呈してしまっているというか、結局は「そんなの好みの問題だろうが!」で片付いてしまうのですよね。


そもそもこの1クール目の段階で八雲のみの視点で描かれてきた「忍術と魔法」ですが、その落とし所が「かっこいいかどうか」で収まってしまい、物語の本テーマに絡まないのは残念です。
母親のファッション業界の描写についても本気で勉強したわけじゃなく、「所詮ファッションなんてこの程度だろ」という見下しで描いているように見えてしまいました。
まずパリコレレベルのショーが日本で開かれるなんて余程のことがない限りまずありませんし、任務のためとはいえニンニンジャーが簡単に潜入できるほど甘くはない世界ですよ。
八雲の母がまともに話し合う気がないと決めつけていますが、そんな回りくどいことしなくても事情をきちんと説明すれば理解してくれると思うのですけどね。


八雲の魔法と忍術の使い分け自体も今まできちんと思想信条や他の忍者たちとの色分けで描かれてきたわけじゃなく、ただその場しのぎの都合で使ったり使わなかったりしているだけですから。
大体魔法といえば杖と絨毯というのも「マジレンジャー」「ハリーポッター」をはじめ、それをモチーフにした作品群を冒涜しているとしか見えません。
つくづく本作って先達である「カクレンジャー」「ハリケンジャー」しかり、全方位に喧嘩を売っているとしか思えないような内容になってしまっているのですよね。
ファッションにしたって、私は一度だけ東京で偶然に一度だけ開かれたパリコレショーを親友の伝手で招待状をいただいて見に行ったことありますが、こんなしょぼいセットじゃないですよ。


母親がファッション業界というのは「洗練されたお洒落な天才クリエイター」という雰囲気を出したかったのでしょうが、どうにも役者の雰囲気がそれに合っていないというか。
会場にしたって、どうにも都内のビルのある場所を借りてきただけという感じになっていて、ファッションショーというよりは精々が社会人のサークルないし同人界隈のコスプレレベル。
こんなので本当に世界のファッションを描いたつもりでいるならば、ファッション業界の方々にも失礼なので頭を下げていただきたいというほどです。
私は別にファッションの大ファンというわけではありませんが、それでも本作で描かれているレベルの描写が浅すぎるというか、作り手がまともに勉強しないで書いているのが透けて見えます。


内容の評価以前に私はそもそも本作の根底にある作り手の見下して舐めている姿勢がもう画面に滲み出ていて、本当に忍者にしても魔法にしてもファッションにしても、全部消耗品としてこすり倒しているだけ。
しかもこれが物語中盤以降ならともかく序盤でこれですから、もはや先行き不安を通り越して地獄という地獄を這いずり回っているようにしか見えないのが凄まじく「ニンニンジャー」だなと。
今までに比べればまあ「可もなく不可もなし」のレベルではあるのですが、前述したように作り手の価値観・倫理観がどうにも気に入らず総合評価はE(不作)となります。


忍びの10「ヒーハー!金色のスターニンジャー」


脚本:下山健人/演出:加藤弘之


<あらすじ>
お爺ちゃんが何者かに襲われた!騒然となる伊賀崎家道場。今にも飛び出そうとする天晴に、父、ツムジは、復讐のために忍者の力を使うべきではない、と諭す。皆で、その刺客をおびき出す作戦をとることにした。爺ちゃんの姿に変装して、公園で待ち伏せる。そこに現れたのは、ギターを背負ったテンガロンハットの男で……。


<感想>
戦闘力しか取り柄のない天晴、追加戦士にあっさり敗北(笑)


いやあもうね、今回ばかりは流石にちょっと気持ちがよかったというか、サスケと鷹介ですらも「先輩の余裕」としてやらなかったことをスターニンジャーがガツンとやってくれました。
数値化するなら、今後どうなるかは別としてスターニンジャーは間違いなくステータスはトップクラスに高いのではないでしょうか。
天晴以上の戦闘力と闘争心に八雲・霞レベルの技巧と知性、さらには風花と凪に近い親近感というか人間力まであるなんて、これズルくないですか?
しかもアメリカ帰りでありながら、なぜか話し言葉はべらんめえ口調という、「シンケンジャー」の寿司屋以上に盛ったやつが出てきました。


正直天晴マンセーはウザかったので、それに横槍をきっちり入れてきたのはよかったところですし、逆にここからが天晴の伸び代であると思うのです。
しかも初っ端から好天狙いで容赦なく殺しにかかるため、「爺ちゃん大好き」で頭が上がらない天晴たちと比べて明確な殺意を持っているのはよかったところ。
またそれを受けて天晴たちが報復に乗り込もうとするのを旋風が諌めるなど、とりあえず物語としてはギリギリ合格ラインというところでしょうか。
そもそも基礎土台の構築に散々失敗しているので立て直しには時間がかかりますが、このスターニンジャーの投入がどうなるかが見ものです。


まあ正直早すぎる気はしますが、ただ本作の場合そもそも演じている役者たちの演技力が微妙なのもあって30分も画面が持たないんですよね。
そこで舞台経験者で演技力がそれなりにある多和田秀弥氏を持ってきたのまあまあよかったのではないでしょうか。
彼の代表作というと「ミュージカル テニスの王子様」の七代目手塚が浮かびますが、本作の中ではビジュアルも演技力もダントツです。
後はこれで脚本・演出によるキャラ付けがしっかりして作品全体がいい感じに均されればいいのでしょうけど、そんな芸当は無理でしょう。


あんまり天晴のことをどうこういじりたくはないのですが、今回の天晴は完全なザコキャラムーブでしたね。
戦闘力ではそれなりに渡り合っていたものの、結局単独では勝てずに青と白に援護されるって屈辱ではないでしょうか。
でも正直流れがデカブレイクをはじめとする塚田戦隊の追加戦士の伝統「初登場だけ異様に強くて、それ以後弱体化」になりかねないので油断は禁物です。
敵側の牙鬼軍団の存在感がショボいため、今の所味方側の「ラストニンジャになる」以外がピンときません。


その「ラストニンジャになる」という私的動機も「タイムレンジャー」「ボウケンジャー」レベルできちんとしているわけではないというか。
公的動機に成り代わるだけの私的動機を描く場合、それ相応に筋の通った土台が必要なのですが、本作はそれすらもまともにできていないのです。
前回の感想でも言った「魔法と忍者」もそうなんですけど、ラストニンジャになって天晴たちは何がしたいのかがさっぱりわからないんですよね。
ラストニンジャになることは「手段」であって「目的」ではないというか、そこを目的に設定したなら「ラストニンジャになることでどう変わるのか?」を示さないといけません。


まあこの辺りは終盤で深刻な問題点となってくるのですが、とりあえず今回はスターニンジャーの初登場補正に免じて、そこそこ評価は高くしましょう。
少なくとも「天晴=主役、他4人=かませ犬」というヒエラルキーに一石を投じてきたので、ここからどう変化していくかを見守り、総合評価はD(凡作)

 

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