明日の伝説

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スーパー戦隊シリーズ39作目『手裏剣戦隊ニンニンジャー』(2015)1・2話感想

 

忍びの1「俺たちはニンジャだ!」


脚本:下山健人/演出:中澤祥次郎


<あらすじ>
忍者の末裔である伊賀崎天晴(いがさき たかはる)は、4年ぶりに実家の忍術道場に帰ってきた。そこで出会う、足軽に似た奇妙な化物たち。天晴はアカニンジャーへと変化(へんげ)する!そこへ現れる妹、風花(ふうか)と、父の旋風(つむじ)。天晴のいとこ達も呼び寄せているという。一堂に会するいとこ達。イギリス帰りの八雲(やくも)、最年少の凪(なぎ)、大学生の霞(かすみ)。旋風は語る。444年前に倒した戦国最恐最悪の武将、牙鬼幻月(きばおにげんげつ)が、妖怪となって復活するという予言があるというのだが……。いよいよここに手裏剣戦隊誕生、………か?


<感想>
さあいよいよ来ました、平成戦隊の中でも世紀の大傑作もとい大駄作の「ニンニンジャー」、早速見ていきましょうか。
まずニンニンジャーといえば、やはり冒頭の実家爆発なのですが、どっちかというと「敵が恐ろしい」というより「味方側がザル警備」としか言いようがない。
だってさあ、そもそも主人公たちの父親が「牙鬼軍団復活の年を間違って覚えていた(そしてその間違った情報が天晴たちに伝わっていた)という単なる誤情報だからはないでしょ。


この時点で話に乗りづらい本作ですが、リアタイ以来何度見てもさっぱり何が何だか理解できないです……とりあえず演出とアクションのギミックだけはそこそこ面白い位しか褒めようがありません。
まず脚本もそうですが、何より役者の演技がもはや学芸会以前のクオリティで、完全に武部Pの好みの顔だけで選んだんだろうなあという…前作「トッキュウジャー」の役者陣とは雲泥の差です。
前作「トッキュウジャー」は前半割と掴みづらい脚本でイマイチだったのですが、それでも役者の演技は非常にクオリティが高く、1話の段階で既に役者がキャラをものにしている印象を受けました。
特にライト役の志尊淳君、そしてヒカリ役の横浜流星君は今や超売れっ子ですから、あの時からもう既に売れるんだろうなあというポテンシャルを見せつけてくれていたのです。


対して本作の役者陣と来たらどういうことかと……辛うじて及第点といえるのが旋風役の人と好天役の人、そして霞役の人くらいで後は軒並み壊滅状態という(^^;
タカ兄の人はファンから滑舌をいじられますが、ぶっちゃけ千葉麗子オンドゥル語松本寛也に比べればそこそこ聞き取れるレベルで、問題は声に迫力がないことと抑揚が全くついていないことです。
そのせいで日常的な喋りのシーンと「うおー!燃えてきたー!」「熱いなーこれ!」みたいな叫びの演技との区別がつかず、どれも平板過ぎ&大味すぎて、よくこんなので中澤監督がOKしたなと思ってしまいます。
そしてそのタカ兄以上に酷いのが八雲役の人で、顔立ちは完全に劣化中丸くんなんですが演技が完全に自己完結してしまっていて、きちんと他の役者さんとコミュニケートしようという意思が感じられません。
この2人に関しては次回で絡みがあるので詳細を書きますが、何れにしても戦隊の「華」であるレッドとブルーの演技力がゴミクズな時点で脚本や演出を見ていく以前の段階で作品に入り込めないのが辛いです。


で、その肝心要の下山脚本ですが、この人は「ゴセイジャー」の頃から当たり外れがめちゃくちゃ激しい人で、典型的な「二次創作しかできない作家」の典型で、その中でも歴代ワーストクラス。
そもそもまず「お話になっていない」のですよねこの人は……今回に関してはまず話の流れ自体がおかしくて、レッドが初っ端変身して無双するという流れ自体に乗れないのですよね。
本作はいわゆる武部Pの「ウッチーリスペクト(宇都宮Pへの尊敬)」が前面に出された作風で、話の流れが完全に「シンケンジャー」の意図的なパロディになっています。
初っ端敵を相手にレッドが無双→封印していたはずの敵が目覚める→他の4人が招集をかけられ、戦う決意をするかどうかで葛藤する→レッドを筆頭に全員が変身して戦う、という流れです。


いわゆる「宿命の戦士」という設定のパロディなのですが、シンケンレッドならともかくアカニンジャーが無双したところで全然強さが伝わらないし重みがないんですよね。
シンケンレッド=志葉丈瑠は元々志葉家当主としてシンケンジャー召集までずっと1人でナナシ連中と戦い続けていて、日夜稽古を欠かしていなかったという設定になっています。
また、彦馬爺や黒子などのお目付役がいるから当初から無双できることにも納得いくのですが、アカニンジャー=タカ兄は初めて戦う敵なのにいきなり戦い慣れているプロ感を出しているのがなあ。
かといって、ギンガマンみたいに敵の復活に備えて臨戦態勢で準備して来た感じでもなくいきなり実家に呼び戻されただけの普通のお兄ちゃんという感じだから、キャラ設定と状況が噛み合っていません。


それから、タカ兄以外の4人が宿命を拒否→タカ兄の奮闘する姿を見て「お爺ちゃんの孫なんだぜ!」という血筋を持ち出された途端に戦いを決意、という流れも全く乗れないです。
それぞれ「まだ大学生だから」「魔法の訓練中」「基礎しか修行していない」「おとぎ話で信じられない」という断り方からして安っぽいのですが、タカ兄の猪突猛進さに感化されて、というのはもっとダメ
しかもタカ兄から紡がれた言葉が「爺ちゃんへの憧れ」といった血筋に関連するものであり、逆にいえば本作はもう既にこの時点で「血筋こそがパワー!」を押し出してしまっています。
これが終盤で物凄い大惨事を招いてしまうのですが、既にこの時点でその仕込みがしてあったのかと思うと、ある意味基礎設計自体はできています、掘っ建て小屋レベルの基礎土台ですけど。


なんか、全てが「軽い」のですよね、やたらに背景設定に重いものを仕込んでおきながら、全てがその場しのぎのいい加減なギャグで乗り切っているというか。
それが例えば「カーレンジャー」のような「真面目に不真面目」のような「計算された可笑しさ」に昇華されていれば、一周回って「凄い」と思えますが、本作はその領域には至っていません。
下山氏は浦沢門下生とのことですが、師匠でありながらこの程度のものしかできないのかと私はかえって愕然としてしまいました。
何というか、「定石外し」「お約束破り」をやるのはいいのですが、本作はそれが「手段」ではなく「目的」になってしまっていて、それをやった先に生じる「面白さ」がありません。


それは役者の演技が微妙なのもそうですが、それ以上にそもそもの脚本の設計がきちんとスムーズに流れていないせいなのでしょうね……浦沢脚本も展開自体は予想外のものが多くても、流れは自然ですから。
変身後のアクションは等身大・巨大ロボ戦共に悪くないものの、上記した弱点・欠点を覆せる程のものではなく、評価としてはどう頑張ってもF(駄作)以外はつけようがありません。
昔に比べると私自身の評価も甘くなっているとはいえ、本作に関してはどうしても甘くしようがないのです。


忍びの2「ラストニンジャになる!」


脚本:下山健人/演出:中澤祥次郎


<あらすじ>
牙鬼幻月(きばおにげんげつ)との戦いで死んだと思われていた爺ちゃんが生きていた!驚く天晴たちを、祖父、好天(よしたか)は、新・忍術道場へと連れて行く。爺ちゃんが修業してくれるのか、と意気込む天晴だったが、好天は、どろろんと消えてしまう。後に残されているのは、五トン忍シュリケン。早速、修業を始める5人だったが……。


<感想>
そんなに忍術より魔法が凄いと思うんだったら、ニンニンジャーじゃなくホグワーツにでも行って名前を言ってはいけないあの人を倒して来い!


そう叫びたくなった今回の話ですが、えーっと……役者の演技云々以前に、そもそもまずこれ立ち上がりの段階でするような話じゃありません
今回はレッドとブルーの衝突がドラマのメインでしたが、「切羽詰まった男たちの価値観の相克」ではなく「小学生男子のしょうもない喧嘩」にしかなってない時点で無理です。
誰がどう見たって今回に関しては、八雲が一方的に突っかかっているだけで、しかもその八雲の主張や行動の示し方が余りにもアホ過ぎて、話についていけません。
それだけならまだしも、対する天晴の返し方もこれまた稚拙なもので、こちらは小学生男子というよりも幼稚園児レベルの返し方になってしまっています。


まず八雲に関しては「ラストニンジャ?興味ないな」はまだ理解できます、ありがちな「一応協力自体はするものの、全てを受け入れたわけではない」というありがちな反応です。
しかし、八雲がイギリス留学時に通っていた魔法学校がどんな学校だったのか、そしてそれが一体本作の世界観においてどんな意味を持つのかが全く説明されていません。
地球の平和を守るための力として規定されているのかそうでないのか、また何故忍術と比べて洗練されていて現代的だと主張するのかという理由も明確ではないのです。
要するに八雲の主張自体が薄っぺらいハッタリにしかなっておらず、口でそう言っているだけで実態として「魔法よりも忍術がすごい」と感じられないんですよね。


一方で天晴も天晴で考え方がものすごく偏っているというか、八雲の主張に対する返しが「八雲!お前忍法に対して、いや、爺ちゃんに対して失礼だぞ」は幾ら何でもズレ過ぎててギャグにすらなりません。
前回から見る限り、というか年間を通して天晴がおじいちゃん子として描かれているのですが、八雲はあくまで「魔法>忍術」を主張しただけで好天爺ちゃんのことを批判したわけではないのです。
それが天晴の中では「坊主憎けりゃ袈裟まで憎い」のような考えで、忍術を否定される=好天を否定される、というあまりにもアホすぎる屁理屈で反撃しており、説得力云々以前の問題。
下山健人が書いてるのは「筋が通った理屈」ではなく「その場しのぎの屁理屈」であって、論点ずらしそのものが目的化してしまっていて、作劇として全く面白さに繋がっていないという。


そしてそんなめちゃくちゃくだらない論点ずらしの作劇にすらなってないドラマ未満を繰り広げた挙句、行き着いた結果がこれ。


「俺、本番に強いタイプだから」


はあああああああ!?わけわからんだろ!!


この後八雲と並ぶ知性派担当の霞が「天晴くんって何も悩まないですよね。それってニンジャとして一番凄いです。お馬鹿さんだからかもしれませんけど」と言っていますが、これは賞賛ではなく皮肉でしょう。
私はそもそもデカレッド辺りから目立ち始めるバカレッドが大嫌いなのですが、その理由が改めてこの天晴を見て改めてわかりました、バカレッドの実態って「アッパー系コミュ障」という奴に分類されるからです。
因みにアッパー系コミュ障とはこういう人たちのことです。


・他人に対して無頓着・無自覚
・そのため人やものを貶すことに躊躇がない
・自分に無意識の自信を持っている
・相手が認めるまで何度も主張を繰り返す
・言動による相手への不快感などの影響を想像できない
・そのため周囲が好きなものでも気にせず堂々と貶す
・他人との距離感を読まずに主張をし続ける
・声が大きい
・外野のマナーにはうるさい
・これらの症状に対する指摘に対しては非を認めない
・一方で不足の指摘自体はすることは求める、ただし聞かない
・自分本位なので相手にも自分と同じように主張することを求める
・周りと会話が噛み合っていなくとも気にせず盛り上がる
・同じアッパー系との相性は良いので集団を形成できるため、コミュ障の自覚がない


引用元:https://comilyukaizen.com/category-mind/upeer-kei-com.html


00年代で量産されていたバカレッド中島かずき脚本の「グレンラガン」のカミナ兄貴、「仮面ライダーフォーゼ」の弦太朗もこのアッパー系コミュ障に分類されると思われます。
別にバカはバカで、例えば「メガレンジャー」のメガレッド/伊達健太のように好感や愛着の持てる「愛すべきおバカ」だったらまだ受け入れられたと思うんです。
でもタカ兄はその次元じゃなく、バカレッドのくくりで見てもデカレッドと並ぶ最底辺の奴で、何でファンからこんなのが「自分がバカだと自覚している有能なバカ」と評されているのかがわかりません
そもそも相手と話の前提が噛み合っていないのに幼稚な争いを繰り広げた挙句、そのアホさが強引に正当化されてしまうというのは塚田Pの「デカ」「マジ」「ゲキ」がやっていた地獄のパターンです。


こういう価値観の相克をパイロットの段階でいえば、記憶に新しいのはやはり「鳥人戦隊ジェットマン」の竜と凱ですが、あの2人のぶつかり合いには説得力がありました。
竜はリエを失った悲しみを抱えており、尚且つスカイフォースが全滅して小田切長官しか頼れる人がいないという切羽詰まった状況で、ほかの4人は全員素人。
で、凱は個人の快楽のために生きている男であり、そんな男がいきなり「今日からお前はジェットマンだ」と言われても「ふざけんな」となるのは当然のことです。
つまり戦士が選ばれた経緯も人生観も全く違う者同士だからあの衝突が成立したわけであり、決してシリアスめいたこと語らせてギスギスさせただけではありません。


しかし、本作の天晴たちは一応修行はそれなりにしてきた忍者の末裔で従兄弟同士、ある程度顔見知りでもあるわけなので、そもそも価値観の対立自体を作りにくいのです。
かといって全員を一様に忍者として描くとバリエーションがなくなるし偏ってしまうから、そこで八雲が魔法という異種の価値観や戦い方を入れたということなのでしょう。
それならそれで構わないのですが、それだとしたらそもそも「魔法とは何か?」「忍術とは何か?」からまずきちんと描き、最低でも1クールかけて基礎を構築してからやるべきです。
その基礎設計すらまだできていない段階でいきなりこういう小手先の応用に走るのは三流以下の素人作家がやることであり、それを仮にも戦隊シリーズというプロの作品でやってしまっています。


それに加えて天晴も八雲も演技の基礎ができておらず、全然役としての会話が成立しておらず、一方通行で流れてしまっており、中澤監督が指導してもこのレベルだと正直きついです。
ああ、そう考えると今放送中の「ドンブラザーズ」はまだ役者さんが馴染みきれていない面はあるものの、演技の基礎はできているからきちんと役としての会話はできているのかなと思いました。
前回に引き続き、全く作品として成り立っておらず、すべてがちぐはぐなまま終わってしまったため評価としてはF(駄作)以外ありえません。
一応頑張って最後まで感想は書きますが、おそらくほぼこんな評価ばかりになると思われますので、覚悟しておいてください。

 

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