明日の伝説

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スーパー戦隊シリーズ15作目『鳥人戦隊ジェットマン』(1991)49・50話感想

 

第49話「マリア・・・その愛と死」


脚本:井上敏樹/演出:蓑輪雅夫


<あらすじ>
獣人に変貌していく竜、そして醜く変貌を遂げるマリア。マリアを人間に戻したいと凱たちに頼むグレイの心。竜は血を吸いたい欲求に耐え、リエとの思い出によって人間へと戻り、マリアの元へ向かう。悪の女王マリアからリエに戻った彼女を待ち受けていた運命とは……。


<感想>
マリア=葵リエの物語後半戦ですが、いやあこの回は今見直しても凄まじい、論理と感情、ヒーローと人間、ヴィランと人間のバランスがとてもよくできています。
42話もそうだったんですが、わずかでもさじ加減を間違えると単なる「お涙頂戴」にしかならないような話を徹底的にそういう話にしない容赦のなさが素敵です。
まあやっていることはぶっちゃけただの修羅場というか、昼ドラも真っ青なレベルで、ヒーローたちは一切変身しない、ロボアクションもありません。
それでここまでの壮絶な物語に仕上げてしまうのですから、「戦うトレンディドラマ」と改めて呼ばれる所以があるのはこういうところではないでしょうか。


「竜!来ないで!これで、これで良かったのよ、竜。私の手は血で汚れてしまった。もう、昔には戻れない。あなたの腕に抱かれる資格は私にはない。もう、助からない……最後にお願いよ竜。忘れて、私のことを」
「やめろ……」
「あなたの胸から、私の記憶を拭い去って……」
「やめろぉぉぉぉぉ!!」


ここに第1話から丁寧に紡いで来た本作のテーマが凝縮されているといえますが、「マスクマン」のタケルとイアル姫が超えられなかった一線を明確に超えて来ました。
このやり取りが素晴らしいのは徹底的にマリア=リエを貫いていることであり、洗脳が解けて敵ではなくなったからといって、彼女の罪が許されるわけではないということです。
普通の戦隊というかヒーロー作品ならばここでマリア=リエが改心して味方化という展開にするかもしれないし、プリキュアシリーズならばそうしただろうと思います。
ただし、そういうありがちな展開を徹底的に避けたのはまだ「ファイブマン」までの残滓を引きずっていたのもあるでしょうが、本作の世界観があくまではっきりした勧善懲悪である証左でありましょう。


更に凄いのはマリア=リエが息も絶え絶えに「自分を忘れて」という残酷なセリフを残しているところですが、これは決して竜をいじめたくてそんなことを言っているわけではありません。
むしろ逆、本気で愛し合い一生を共に誓った仲だからこそ今更どの面下げてジェットマン側に戻れるのかというところであり、彼女の衣装が第1話のスカイフォースの制服であることにもそれが見て取れます。
そしてこのようなことになってしまった経緯ですが、まず魔獣と化して戻れなくなりつつあったマリアをハグを超えたキスで戻したところであり、ここは正直クサかったところ。
ただし、そこから単なるロマンスに繋げるのではなく、リエに戻ったマリアが隙を突いてレッドホークのブリンガーソードで後ろからブスリとやってしまったのはGJでした。


「貴様あ!謀ったな、マリア!!」
「せめて、せめて一太刀!お前に浴びせたかった、ラディゲ!」


……ラディゲの台詞回しが完全に機動戦士ガンダム」のガルマ・ザビなのですが、「555」の草加雅人の「逆シャア」丸パクリの台詞回しといい、井上先生は富野ガンダムのファンなのでしょうか?(笑)
まあ方向性というか作風としてはやや近いところもありますし(ヒーローの中に俗っぽさを入れたがるところとか)、意識したところはあったかもしれません。
47話同様に時系列を逆転しての感想書きですが、リエを単なる「可哀想な人」「守られるべき属性のヒロイン」とはせず、あくまで独立した人格を持った存在として描かれています。
そのせいでラディゲが単なる間男でしかないのですが、ここに更にグレイまでもが加わるという三角関係ならぬ四角関係であり、よくここまで描いたなと。


そして、ここまででも素晴らしいのですが、もっと凄いのは彼女の最期を看取ったのが竜ではなくグレイであり、しかも「マリア」としてではなく「リエ」として死んだことです。


「マリア……」
「ありがとう、グレイ」
「これで良かったのか?マリア」
「ほんとは……死にたくない。もう一度、もう一度、一から、竜とやり直したい……竜」
「竜………」
「マリア……!」


竜はただただその場に立ち尽くして見るしかないのですが、グレイがあくまで「マリア」としか見ていないのに対し、リエはあくまで「竜」しか見ていないこと。
そしてその肝心要の竜は血で汚れてしまった2人を直視すらできず、その境界線を超えてリエを看取ることができないという徹底ぶり。
もしマリアのままグレイに抱かれて死ぬか、あるいはその逆にリエのまま竜に抱かれて死ぬか、やろうと思えばどちらにもできました。
しかし、そのどちらにもせずにこの形へ落とし込んだことによってありがちな展開を避けることに成功し、単なるシェイクスピア的な悲劇のレトリックにしなかったのは見事です。


その後立ち尽くして動けない竜をえもいわれぬ表情で見ていた仲間たちに対して凱が「見るんじゃねぇ。そっとしておいてやれ!」と言ったのも一見情けをかけたようですが、違います。
このセリフはまぎれもない凱の本心であり、要するに凱は「強い竜」しか見たくないんだろうなと……こんな無様な姿の竜を見たくなかったということでしょう。
32話で一度その姿を見て深く共感こそしたけれど、だからといって知らなくてもいい部分まで知ってしまったということでもありますから。
結城凱って今の時代だと「ツンデレ」だと評価されがちですがツンデレとは違って、基本的に自分の本音には忠実な男であってツンデレではありません。


だからこそその身勝手さで人を振り回すこともあるし、逆にこうしてヒーローとしても立ち回ることができるのです。
また、ここでは弱さを抱えた状態から1年かけて強くなった凱に対し、逆に1年かけて弱さ・脆さが露呈する竜との対比にもなっています。
……そうか、ここで改めて気付きましたが、凱が正装を嫌い竜が正装を着こなしていたのも、そもそも正装自体が「本音を覆い隠す鎧」となっているからだなと。


正装って社交的な場で普通は着るものですが、それは同時に「大人の振る舞いをする=偽りの自分を演じる」ということでもあるわけです。
だから、香の両親の前で凱は本音を偽ってまで社交的な場にはいたくないし、逆に竜は社交的な場に公人として振舞える人でもある。
じゃあ香はどうなのかという話ですが、彼女に関しては次回で集大成となるのでそこで改めて語ります。
評価はS(傑作)、マリア=葵リエの壮絶な最期が描かれたこの前後編を受け、竜たちがどうこれを乗り越えていくのか?


第50話「それぞれの死闘」


脚本:井上敏樹/演出:雨宮慶太


<あらすじ>
みんなの前では一見立ち直ったかに見える竜。しかし、置き手紙を残して姿を消す。竜は鳥人戦隊を脱退し、リエの敵討ちのため、ラディゲとの対決に向かった。凱もグレイの挑戦を受け、1対1の死闘を繰り広げる。そこへ再び姿をあらわす謎の巨大獣。果たして、戦いの行方は?


<感想>
さあいよいよ来ました、最終章前編。
前回リエを失ったにも関わらず雷太・アコとボートに興じる竜、香はリエの死を乗り越えたように見えるが、凱にはそうは見えないという。
まあそりゃそうですよね、竜がこういう不自然な振る舞いをする時には大抵自分を偽っている時ですから……と思っていたら、案の定ジェットストライカーの整備工場で涙を流していました。
そしてそんな彼はメンバーたちに置き手紙を残してラディゲとの最終決戦へ単身挑みます。


長官、みんな、俺はリエの仇を取りに行きます。
これは個人的な行動です。
俺は今、地球の為、平和の為に、戦うことができません。
明らかに、俺は戦士として失格です。
したがって、今日限りで鳥人戦隊を脱退します。
すまない、長官、みんな。


何が切ないって竜自身もこれが単なる私怨に基づく復讐だとわかっているところであり、これまで辛うじて堪えていた復讐鬼としての一線を完全に超えてしまいました。
もともと32話の時点でだいぶ危ない精神状態だった竜ですが、「リエの救済」が果たされなかった今、彼に残されたのは復讐のみ。
最初から復讐鬼として動くのではなく、似非完璧超人から徐々に復讐鬼へと変わっていく描写を踏まえてここに至っているのが見事です。
普通の戦隊シリーズならここで竜が自分1人で悲しみを乗り越えて真のリーダーシップに目覚めても良さそうなところを、本作は決して物語として肯定しません。


救援に駆けつける凱たちの前に今後はグレイが現れますが、ここでもまた凱のサブリーダーぶりが光ります。


「行け!」
「「「え?!」」」
「ここは俺に任せろ!今の竜には助けが必要だ!行け!」
「でも凱!」
「馬鹿野郎!俺を信じろ!」
「……わかった!行こう!」


凱の二番手としての面目躍如をここで果たしていますが、弱っている竜を助けるのは自分の役目じゃないことを自覚している凱にだいぶ成長が感じられます。
逆にいえば、香たちがここで駆けつけるのは今の「弱い竜」には「弱い仲間たち」の3人が必要だからということでしょう。
そして凱はこれまで因縁を丁寧に構築して来たグレイといよいよ一対一の決闘へ。


「いよいよサシで勝負だな、グレイ。しかしよ不思議なもんだ……何故だかわからねえが、お前とは戦いたくねぇ」
「言うな。ブラックコンドル、いや、結城凱。私は戦士、戦うことが定めなのだ」


ここでどうしてグレイが急に「戦士」という言葉を用いたかはわかりませんが、ここで面白いのはグレイが「結城凱」と呼んだことであり、要するにこれは「個人」の認識したことを意味します。
その上でこの2人に共通するのは結局「好きな人からの愛を手に入れることができなかった」ことであり、どこまでも報われません。
凱はマリア=葵リエからの愛を手に入れられなかったグレイに竜の面影を重ねていると同時に、ある意味では自分自身をもそこに重ねているのでしょう。
凱も香からの愛を手に入れられなかった者であり、だから単に「かっこいい二番手」というだけで戦うわけじゃないのが見事です。


「もはや言葉は要るまい、レッドホーク……!」
「リエの仇……お前だけは、お前だけは許さん!」


一方でまたレッドホーク=天堂竜もまたラディゲとの一騎打ちに臨みますが、こちらはお互いを完全に「倒すべき」としか認識しておらず、だからこそ個人名を呼びません
ラディゲ自身はとにかく卑劣な小物なのですが、一方でトップとしての威厳もここに来てそれなりに増しているのが素晴らしく、2人の熱演が光ります。
で、激しい死闘の中、レッドは一瞬の隙をついてラディゲを羽交い締めにし、ジェットストライカーを持って来て、ファイヤーバズーカで諸共心中しようとするのです。
石川賢漫画の「死なば諸共よ!」となりますが、ここでのポイントはジェットマンの団結の象徴であるファイヤーバズーカを完全に私物化してしまうという掟破りを発動していること。


チェンジマン」からずっと伝統となっていた「団結」の象徴であるバズーカ砲を敢えて「個人武器」として使うところに、竜の復讐鬼としての情念が感じられます。
しかし、本質から外れた行動をしてしまったレッドホークはラディゲがパワーアップしたという点を失念していたところにあり、ファイヤーバズーカはあっさり破壊されてしまいました。
要するに個人では勝てないことをも示しているのですが、助けに来た仲間たちを拒絶してでも「私闘」「復讐」にこだわる竜……一瞬で壊滅寸前に追い込まれ、竜は足が折れた香を庇って最寄りのプレハブへ。


「今の竜を見たら、きっとリエさん悲しむわ」
「なに?」
「今の竜は、戦士じゃない。ただ闇雲に突っ走ってるだけ。リエさんは、戦士としての竜を、愛した筈よ」
「…………」
「私たちはジェットマンなのよ!地球の為、平和の為に、5人の力を合わせなければ、バイラムには勝てない!」
「!!」
「どこに行くの、竜!?」
「リエの仇を、リエの仇をこの手で……」
「駄目!思い出すのよ竜!リエさんの、最後の言葉を!思い出して、竜……リエさんがあなたに言った最後の言葉を……」


遂にこれまで物語の中でのヒエラルキーは大きいながらも特別なヒロインとしての役目を果たしてこなかった香が遂に竜を説得することに。
象徴的なのは前半2クールで竜が散々唱えて来た「俺たちは戦士だ!公私混同をするな!」を今度は香によって突きつけられているところです。
それは逃げ場がないジェットマンの狭い人間関係ならではの苦しみでもあり、しかし竜がこれまで目を背けて続けて来たことに向き合う瞬間でもあります。
これまでどんな強敵にも戦士として、ヒーローとして真正面からぶつかって来た竜が「最弱」の象徴である香と向き合えないのが面白いところです。


23話以来、一対一になったことで改めて竜と香の関係性が見えるのですが、竜は「肉体的には強いけど精神的には弱い人」に対して香は「肉体的には弱いけど精神的には強い(というか図太い)人」という感じに。
凱との絡みでは見えなかった香の特性が浮き彫りとなりましたが、改めて香は単品での魅力というよりは他メンバーとの絡みの中で個性が浮き彫りになる人だなと思います。
そしてここから死んだはずのリエの幻影が竜を説得しにかかります。


「竜、忘れて、私のことを…あなたの胸から私の記憶をぬぐい去って」
「あなたに憎しみの為に戦ってほしくない。平和の為に、正義の戦士として生きて欲しい」
「竜、目を醒まして。戦士としてのあなたに戻って」


前回、リエが遺した言葉の続きを香が代弁者として紡ぐのですが、ここで香がリエの代弁者であるというだけではなく、香自身もまた献身的な愛を竜に差し向けているのです。
それまで単なる「恋」であったものがここで「愛」に変わった瞬間でもあるのですが、香は初めてここで復讐鬼として境界線の向こうへ行こうとした竜を崖っぷちで引きずり戻します。
そしてなぜここでリエと香が重なっているのかというと、天堂竜が初めて香のことを「異性」=「個人」として認識するという変化が生じているからです。
これまで一貫して竜の愛は(激重ながらも)リエ個人に差し向けられており、相棒の凱も含めて仲間たちのことはあくまで「戦友」というざっくばらんな認識しかありませんでした。


情もあるし絆もあるとはいえ、竜がこれまで凱以外のメンバーを特別に個人として認識したことはありませんし、凱との絆も戦いの中で芽生えたものです。
だから、竜の中で香が「戦う仲間」から「愛すべき異性」としての変化を生じさせるためには、ここで香がリエの魂を継ぐ必要がありました。
そして香はその献身的なまでの愛をリエの気持ちを慮りながらも竜に差し向けます。


「お願い竜。リエさんの気持ちを無駄にしないで」
「香……」


ここで竜の口にする「香」という言葉は「仲間」としてではなく「個人」としてであり、本作は徹底して「仲間」と「個人」の境界線を使い分けています。
ベロニカ編の最後で凱が口にした「俺たちは仲間だ」という台詞とも対になっているのがミソであり、香がやっと「竜のヒロイン」という役割を果たしました。
逆にいえば、リエは第1話でマリアになってしまった時点で「竜のヒロイン」という役割を喪失しており、竜はずっと愛する人のいない状態で戦っていたのです。
そんな状態で空回りを続けていたわけであり、そりゃあ仲間達がなかなかついてこないわけですが、香の説得によって竜はやっと第1話以前の状態にリセットされました。


そしてここからが大きなポイントですが、ここで香の口にする「正義の戦士」とリエの口にする「正義の戦士」の姿が違っているのも妙味です。
つまりスカイフォース隊員だった時の「仕事はできるが公私混同している竜」とジェットマンになってからの「公私混同をするまいと必死にやせ我慢する竜」の姿。
どちらかが本物の竜ということではなく、その2つのどちらもが竜の姿であり、ここでその2つが1つに重なることでようやく竜は戦士となります。
それは同時に「己の弱さを認め受け入れ、我が物として受け入れてこそ真のヒーロー」ということをもまた意味するのです。


本作が革新的なのはこの「真のヒーローになる物語」をレッドホーク/天堂竜をはじめとした仲間たちの成長に描いていることにあるでしょう。
そして、それは後の「カーレンジャー」の主題歌にある「自分にもある弱さを知れば本当のヒーロー」という歌詞に昇華されていきます。
とりもなおさずそれは「自己犠牲」と「復讐」の否定でもあるのですが、レッドホーク=天堂竜は残念ながらその壁を超えるには至りませんでした。
これまでずっと自分を蝕んでいた毒から解放されヒーローになったはいいものの、竜はずっと自己犠牲と復讐の戦いを強いられていたのです。
その壁を竜は「すり抜ける」ことには成功しても「超える」ことはできていないのですが、それは最終回感想で語ります。


そしてもう1つ、ここで凱とグレイの話になりますが、竜と香が向き合った「心の戦い」と対比される形で2人はひたすらに肉体をぶつけ合って戦います。
ブラックコンドルは追い詰められ、歴代初のマスク割れをするのですが、このマスク割れはブラックコンドル=結城凱ということの証明として秀逸です。
そしてその上でブラックコンドル=結城凱はグレイを倒すしかないのですが、ここからの逆転劇が見事です。


「勝負は終わってねえぞ、グレイ!」


ここでグレイがブリンガーソードを、そしてブラックコンドルがグレイの銃を使うのが象徴的ですが、最後の最後でブラックコンドルがグレイの腹部にブリンガーソードを突き刺します。
溢れるオイルを「血」としてみるとよくできていますが、その上でグレイは最後の一服となるところで、凱がグレイを介錯します。


「見事だ、結城凱。行け」
「グレイ」
「私は戦士、最期の姿を見られたくない」


ここでグレイはマリアのピアノを思い出しながら死ぬのですが、凱とグレイの私闘が辛うじて単なる私闘に終わっていないのは、グレイが機械の体だからでしょうか。
グレイが人間態を持っていると「殺人」になってしまうのですが、ラディゲを別としても本作は「殺し」に関してはかなりデリケートに描かれています。
その上でグレイが「私は戦士」と言い残し死に、凱が後ろ髪引かれる感じなのは、もしかしたら自分も竜もこうなっていたかも知れないからでしょう。
グレイは言うなれば「熱い血流れぬ鋼のマシン」であり、心はあっても人を愛することはできない…それが他のキャラクターとの決定的な違いです。


本作は「ヒーローと人間」をしっかり描いていますが、同時に「ヴィランと人間」についてもしっかり描かれていますし、どのキャラクターも美味しく使い切っています。
そしてその間足止めしている雷太とアコにもしっかり意味があり、ピンチに陥りかけたところで竜が香をお姫様抱っこして登場!


「大丈夫か?香」
「足が折れたって、戦うわ!」
「4人揃った所で、何も変わらんぞジェットマン
「4人じゃねえ5人だ!」


真の戦士になった竜、真のヒロインとして成長した香、グレイトの死闘を乗り越えて二番手として完成した凱…ここに雷太とアコも加わりジェットマンが完成します。


「本当の戦いはこれからだラディゲ!俺たち5人、ジェットマンの全ての力を見せてやる!みんな、行くぞ!!」
「「「「「おう!クロス・チェンジャー!!」」」」
「レッドホーク!」
ブラックコンドル!」
「イエローオウル!」
「ホワイトスワン!」
「ブルースワロー!」
鳥人戦隊!」
「「「「「ジェットマン!!」」」」」


ここで32話以来、全員揃ってのフル名乗りがなされますが、復讐も自己犠牲も消化し、否定することはできなかったものの「真の戦隊ヒーロー」となりました。
この瞬間にバードニックウェーブの力は100%の本領を発揮し、ジェットフェニックス等身大版によりラディゲ完全体に勝利します。


「見たか!ジェットマンの真の力を!」
「くっ!!ジェットマンの真の力、確かに見た!次は……俺の真の力を見せてやる!」


ラディゲもラディゲで上司としての適性はない無能でしたが、それでも何だかんだラスボスとしての「格」できちんとキャラが成立したのは見事です。
年間通して小物でしかないのですが、実力は間違いなく本物なので結果として大物のようになっています。
第1話から丁寧に紡ぎ上げてきた本作の目指すヒーロー像が鮮やかに結実しますが、まさに「それぞれの死闘(私闘)」という言葉がふさわしい回でした。
竜自身の「心の弱さ」との戦い、香の「足が折れたって戦う」と言い切る「体の弱さ」との戦い、そして凱とグレイの「戦いしか残らなかった者」たちの戦い。


それらを全て凝縮した上でジェットマンとバイラムの戦いがしっかり「戦隊」として結実していることに大きな意味があります。
この「1年をかけて真の戦隊になる」という作劇の基礎を完成させたのは間違いなく本作ですが、以後のシリーズに向けて様々な要素を残しました。
大義に基づく自己犠牲」でも「私怨に基づく復讐」でもない戦いをここで切り開き、いよいよ最終決戦へ向かいます。評価はS(傑作)

 

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