明日の伝説

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戦隊レッド列伝 シンケンレッド/志葉丈瑠(『侍戦隊シンケンジャー』)

今回から感想を書き終えた戦隊作品のレッドのキャラクターについて、見た印象や感想に基づいて、パラメータで分析してみましょう。
第一弾は『侍戦隊シンケンジャー』(2009)に登場するシンケンレッド/志葉丈瑠です。
各パラメータは戦闘力、技巧、知性、精神力、統率力、そして人間力の合計6つを元に5点満点で判断します。
このパラメータは決してシリーズを跨ぐものではなく、作品内での描写に基づく相対的なものとご理解ください。
その上でランクをS、A、B、C、Dの5段階判定し、総合的なキャラクター考を最後に述べる形式です。


S(超強い、一騎打ちで幹部クラスを倒せる猛者)
A(かなり強い、他のメンバーよりも一歩抜きん出ている)
B(強い、他のメンバーより少し上程度)
C(普通、他のメンバーと大体同じくらい)
D(弱い、他のメンバーと比べても劣っている)

 

シンケンレッド/志葉丈瑠(『侍戦隊シンケンジャー』)

 

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<パラメータ分析>
戦闘力:5
技巧:4
知性:5
精神力:4
統率力:5
人間性:1
数値合計:24/30
分析結果:S(超強い、一騎打ちで幹部クラスを倒せる猛者)


<キャラクター考>


「最初に言っておくぞ。この先へ進めば、後戻りする道はない。外道衆を倒すか、負けて死ぬかだ!」


シンケンジャー招集に際して、このような脅し文句に近い警告をした戦隊レッドなどかつていなかったのではないだろうか。
もちろん丈瑠も本心でこのようなことを言ったわけではないのだが、外道衆との戦いの過酷さを最前線で知っている丈瑠とそうでない家臣たちの感覚の違いを視聴者に知らしめるものであった。
そして第二幕では実際に傷つき弱ったことはを「放っておけ。この程度で潰れるような奴はいらない」「一生懸命だけじゃ人は救えない!」とも言い、あえて家臣たちを厳しく突き放す。
そんな丈瑠の偽悪的とも取れる態度は長らく直情径行型の、ある種お気楽とも取れる戦隊レッドが続いた中で異彩を放ち、ある意味では70・80年代の完璧超人型に返り咲きしたようでもある。


しかし、それはあくまでも「戦士」、本作でいえば「」として見ればの話であって、「人間」として見た場合は話が異なり、最初は家臣たちから気難しく近寄りがたい人だと思われていた。
話が進むにつれて、丈瑠が実は泣き虫であった過去を知る幼馴染の源太という存在が出たり、先代シンケンレッドの死亡シーンと父親のシーンが違う人だったりすることで丈瑠が胡散臭い存在となる。
殿様なのにどこか殿様らしくなく、それどころか当の丈瑠自身が自分の存在意義に自信が持てず、どこか揺れている節があったのは決して彼が影武者だったからというだけではない。
幼少の頃に先代シンケンレッドの死という強烈なトラウマを見せつけられ、「忘れるな!今日からお前がシンケンレッドだ!」と火傷のような遺言を聞かされれば丈瑠の奥底に消えない心の傷として残る。
そしてまた、自分自身がシンケンレッドとして戦うことを前向きに考えられないまま、なし崩し的に見ず知らずの家臣たちと戦うことになったという複雑な事情が折り重なっているのだ。


年間を通して丈瑠自身に漂う孤独の影や憂いを帯びた顔つきは他の戦隊と比べても類を見ないものであるが、見逃せないのは家臣たちとの絆が強まるほど丈瑠の孤独が強まることである。
上記したようにシンケンジャーとしての戦いは志葉家の世襲であり、そこに個人の意思が介在する余地はなく、本人がそれを望もうと望むまいと一度決まったことは家系のしきたりで覆せないのだ。
だからこそ、シンケンジャーにとっては外道衆と戦うことよりも殿と家臣の主従関係が崩れてしまうことの方が遥かに怖く、だからこそ終盤でのお家騒動は本作のクライマックスにはもってこいであった。
実際、丈瑠が殿様ではなくなり当主が入れ替わったという衝撃の事実を前に家臣たち4人は無力であり、また志葉家を追い出された丈瑠を源太の友情なんて甘いものでは救えなかったのである。


つまるところ丈瑠がシンケンレッドとして戦ったのは彦馬爺や家臣たちから殿としての役割を求められたからであって、それはとりもなおさず激務の大企業で働かされる組織経営者代理と何ら変わらない。
そんな丈瑠が急に梯子を外されて「殿ではない自分」となり家臣との絆や彦馬爺との関係性まで全てを喪失した時、「ビックリするほど何もない」と燃え尽き症候群になったのも当然のことと言える。
シンケンジャーとしての戦いに丈瑠個人の思いなどはどうでも良く、外道衆に打ち勝つことができればそれでいいのだから、考えるとそもそも志葉家のシステムに問題があったとしか思えない。
だが、丈瑠個人の力ではその見えない組織からの圧力に反発することもできず、全てを失って剣術の腕前だけが残った彼に十臓がやってきて、そっちの戦いに没頭したのは当然のことと言える。


「志波家当主じゃなくて、ただの侍としての俺が戦いたいと思っている」
「何もないよりはマシか…」


それまでずっと志葉家当主という望まぬ重荷を背負って戦い続けてきた丈瑠にとって、そういう役割や絆を気にせず十臓と純粋な斬り合いに臨めることがどれだけ嬉しかったことか筆舌に尽くし難い。
だが、丈瑠はそれで充足感を覚えたとしても、十臓はまるでドラッグの快楽に溺れた廃人のように更なる斬り合いを求めて丈瑠に執着し、丈瑠もそんな十臓の深淵に引きずり込まれそうになる。
何とか家臣たち4人が救ってくれたからよかったものの、皮肉なことにそれまで丈瑠を苦しめてきた元凶である家臣との絆が最後に丈瑠の救済措置として機能することになったのだ。
とはいえ、それでも丈瑠が志葉家当主でないという事実に変わりはなく、根本的な問題は何も解決されていないため、丈瑠の苦難はまだ終わりを告げたわけではない。


丈瑠が本当の意味でカタルシスを得ることができたのはそんな丈瑠と家臣たちの絆を知った薫姫が丈瑠を養子縁組に迎え入れ、志葉家十九代目当主に任命された時である。
しかし、これとて丈瑠が決めたことではなく薫姫の権限がなければ不可能だったことであり、最後のドウコクとの決戦も母上が作ったディスクと指示、そして丹波のサポー無くしては勝てなかった。
全ての戦いを終えた時、丈瑠は初めて晴れやかな笑顔を見せるが、しかし志葉家十九代目当主への就任すら丈瑠の意思で決めたものではない以上本心からの笑みかは判断できない
家臣たちと別れて平和な日々が訪れたとはいえ、丈瑠が志葉家の業から逃れられたわけではなく、あの結末を素直に大団円として喜んでいいものだろうか?
この圧倒的ヒーロー性とは非対称的な人間力の低さ、これが志葉丈瑠というレッドの特徴にして本作のヒーロー像がどういうものであるかを示しているといえるだろう。

 

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