明日の伝説

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スーパー戦隊シリーズ22作目『星獣戦隊ギンガマン』(1998)43・44話感想

 

第四十三章「伝説の足跡」


脚本:沖田徹男/演出:田崎竜太


<あらすじ>
リョウマところに勇太がやってきて、父・晴彦が今度出版することになるギンガマンの戦いの様子を描いた絵を持ってきたという。しかし、ボックが変ないたずらをしたせいで絵が散らばってしまい、絵は散り散りになってしまって順番がわからなくなってしまった。一枚ずつ拾いながら、みんなで手分けして探すと順番通りに並べていきながら、リョウマたちは勇太と出会ってギンガマンとしてこれまでの戦いの日々を振り返っていく。その中でギンガの森にいたままだったら会うこともなかったであろう人たちとの出会いやバルバンとの戦いがしっかり描かれ、改めてギンガマンは最後までバルバンとの最後の戦いに向けて覚悟と決意を固めるのだった。


<感想>
今回は戦隊シリーズで一時期恒例(?)となっていた総集編ですが、見所は若本規夫氏のジャパングリッシュ希砂未竜氏の綺麗な英語。


「セイジュウ!ゼイアーミステリアスアニマルズ!ザットファイトフォーザピースオブギャラクシー!(星獣!それは銀河の平和を守るために戦う神秘の動物たちのことである!)」


もうこの時点で腹抱えて笑ったんですが、中途半端に綺麗な英語を喋ろうとして無理だから開き直った感が見え見えなのが(笑)
それに対して希砂未氏の英語の綺麗さよ…雲泥の差ですが、やっぱりこの綺麗な英語を聞けば聞くほど中の人はどう考えても子門真人としか。
だって「ウルトラセブン」の主題歌の英語バージョンとギンガマンの英語バージョンを聞き比べて見てください、あまりにも声も歌い方もそっくりですから。
のっけからそんな英語を堪能しつつ、今回の中身はあくまでも総集編なので、ドラマとしての見所は正直なところ薄いです。


しかし、とてもいいのは本作の構成の綺麗さ、無駄のなさがしっかり確認できるところにあります。
特にゴウキが鈴子先生とともに写っている絵を大切に思い、それをハヤテが気を遣ってフォローするところや、リョウマの次のセリフがすごく良かった。


「森の中で暮らしていたら、出会うことのない人たちと出会えたんだからな」


リョウマのこのセリフに代表されていますが、本作のいいところはきちんとギンガの森の外にいる一般人との出会いを大切にしていることです。
リョウマが勇太くんに一郎と百合子、ハヤテが晴彦さんと森川元オーナー、ゴウキが鈴子先生と岸本先生、ヒカルがシェフのおばさんと教授とデギウス、サヤが猫少女と恭平とマッサージ師といった具合に。
もちろん内容の出来の差はあるのですが、その中でも特に大きいのはリョウマがしっかり勇太、ブルブラック、ヒュウガ以外の人たちとも交流した回を作っていることです。
こういう風に「ヒーローと世間一般との関わり」は結構抜けや漏れが多い作品もあって、特に前作「メガレンジャー」なんてまさにその例で、意外にも世間一般とメガレンジャーの関わりは薄い。


だからどうしても終盤で世間一般から差別・迫害を受ける展開が唐突すぎてその処理の仕方もかなり雑なのですが、その中で高校のクラスメートたちとの和解はそれなりに描かれていました。
ただ、タケシくんといいクラスメートとの交流といい、いわゆる「学園もの」としてメガレンジャーが完璧な作品だったかと言われるとそれはそれで微妙なところです。
この辺りは前作の反省点を強烈に意識したのもあるでしょうが、本作は前作の逆を行くように設定をがっちりと詰めて、キャラからストーリーから完璧に計算されています。
だからパワーバランスなどで多少無理が生じる部分があったとしても、それをカバーできるほどのドラマ性の濃さと年間の構成力の綺麗さが際立っているのです。


また、バルバンの行動隊長などについても説明されているのですが、ここでも改めて1クールごとの構成の綺麗さや各軍団の行動理念、キャラ造形のブレのなさが光ります。
1クール1軍団というと、古くは「仮面の忍者赤影」に始まり、「仮面ライダー」「秘密戦隊ゴレンジャー」があるのですが、戦隊だとこのパターンは意外に少ないのです。
他に本作の構成を真似したのはそれこそ「ゴセイジャー」位ですが、本作はその中でもしっかり色分けや差別化がうまくいった方で、しっかりキャラクターを使い切っています。
スーパー戦隊シリーズで必ず苦労する問題の1つが「幹部連中の使い分け」であり、多くの特撮作品では毎週あるいは隔週で行動隊長が変わったり、覇権争いが起こったりするものです。


しかし、描き方のさじ加減を間違えると当初とまるで違うキャラクターになってしまったり、どうしても扱いの上で不公平さが出てしまいます。
特に「チェンジマン」は傑作ですけど幹部連中の使い分けは必ずしも完璧とは言えませんでしたし、「ジェットマン」にしてもいい回とそうでない回のばらつきが激しい。
また「シンケンジャー」に至っては「個々の幹部は面白いけど組織全体としては面白くない」という致命的欠陥はあり、いきおい2クール目と3クール目がグダグダだったのはその辺も関係しています。
その点でいうと本作は1クール1軍団という割り切った構成にして、きちんと魔人の能力などに差別化をした上で敵と味方のドラマの配分がバランスよくなるように計算しているのです。


私が本作を歴代の中でも殿堂入り扱いするほどに好きなのはこの構成の綺麗さにあって、こんなに構成というか屋台骨がしっかりしている作品もないと思うんですよね。
その上で、きちんと各軍団の強さのバランスにも一定の説得力がありますし、少しパワーダウン気味だったイリエス編も始まりと終わりはしっかりしてました。
で、リョウマの絵が苦手ということがここで判明するのですが、ぶっちゃけこれは演出上でもちょっとやり過ぎたったかと…いかにもプロの作家が描いた絵と小学生や幼稚園児の公募で集めたような絵になっています。
幾ら何でもここはやめて欲しかったところで、本当にキャスト5人が直に描いた絵ならまだしも、いかにも作り込んだようなわざとらしい絵は好きじゃありません。


とまあ、あっという間に時間が過ぎて行き、とうとう黒騎士とヒュウガのところなのですが、ここでのリョウマの独白が熱いんですよね。
アースをなくしたこと、そしてナイトアックスを選んだこと…それを決して否定せずに信じて、そして改めて告白する。


「今でも兄さんはバルバンを倒すために頑張ってるんだ。俺たちと方法は違うのかも知れないけど!」
「リョウマ、私もそう思うよ」


リョウマの成長とそれを肯定するモークが第十三章の頃からのうまい伏線回収として機能し、その上でリョウマたちはリョウマたちでできる戦いを続けていく。
まさに「戦士の誓い」にあるように「苦難と悲しみを受け入れ」て、リョウマたちは淡々と粛々と1つ1つの使命に前向きに挑んでいくのです。
やっぱり歴代戦隊で見ても公私の双方でブレがなく、バックボーンの非常にしっかりした戦隊であることが裏付けられ、だから私はこの純朴さに心引かれたのだと思います。
もちろん後年の屈折気味のヒーローだったり、「タイムレンジャー」以降で小林女史が見せていく人間味のあるヒーローも嫌いじゃないのですけど、やっぱり一番はギンガマン


「星獣戦隊!それは銀河の平和を守るために戦う伝説の勇者たちのことである」


前回までの蓄積を踏まえて、ここからの主題歌で走馬灯のように振り返る激闘の日々がすごくよく、しかもこれでまだ最終回じゃないのですから、どうなるかが楽しみです。
そしてその上でバルバンでは不敵に笑うゼイハブ船長のセリフが挿入されることで一瞬にして作風をシリアスに戻し、次回へと違和感なく繋げました。
評価はA(名作)、ここからどのようにして終盤へとつなげていくのかをしっかり楽しみに見ていきましょう。


第四十四章「地球の魔獣」


脚本:小林靖子/演出:田崎竜太


<あらすじ>
新年早々リョウマたちの元に青山親子と鈴子先生が叱咤激励を兼ねて正月料理を持ってきて、謹賀新年の挨拶を行っていた。一方でナイトアックスの訓練を続けるが、ブクラテスにナイトアックスを使う理由やゼイハブを倒すための方法を教えてもらおうとするが、ブクラテスは黙秘権を使って無視してしまう。そんな中、なぜだかダイタニクスが倒されて不利だったはずだったゼイハブだったが、何か新しいものを待っているかのようだった。リョウマたちが正月料理を食べていると、岸本先生がやって来てゴウキに弟子入りしようと決意する。ゴウキのいいところをそのまま真似ることを決意し、更に上を行って鈴子先生の心を掴もうと雪辱戦に燃えていた。


<感想>
ここから最終章までは「地球魔獣編」という最終章としてノンストップで突っ走っていきます。
まず、バルバンはダイタニクスを失ったのに妙に余裕をかましているから何もしていないのかと思いきや、その間に行方をくらませていたヒュウガとブクラテスの捜索をさせていました。
さすがゼイハブ船長、こういう想定外の事態が起こったとしても絶対に焦らないようにネガティブシミュレーションを完璧に立てており、抜かりがありません。
まあそもそも今まで散々部下の不義理や裏切りに遭ってきましたし、ギンガマンも予想以上の戦闘力を持っているので油断も隙も一切ないのです。


その黒騎士ヒュウガとブクラテスコーチは今日もまたナイトアックスの鍛錬に励みまくる日々なのですが、そもそもどうやってゼイハブを倒すのかという攻略法を教えていませんでした。
ここはあくまでヒュウガとブクラテスが単なる「利害関係」で組んでいることを示しつつ、その上でうまいこと駆け引きしていることがわかるのです。
ブクラテスがここでヒュウガに倒し方を教えてしまうと、ヒュウガは「わかった、もうお前には従わない」みたいなことを言い出してゴウタウラスを力ずくで奪い返して去っていくからでしょう。
リョウマたちと違ってヒュウガは戦士としては一分の隙もありませんから(親父ギャグ以外はね)、素直に樽爺のいうことを聞くタマじゃないんですよ本来は。
ましてやブルブラックの時と同じように復讐に手を貸すなんて本来はしたくないことですし、本作が目指すヒーロー像からは外れてしまっています。


一方、新年を迎えたギンガマンですが、やはり完全に祝賀ムードにはなれず、ヒュウガのことも忘れないようにともう1人分作っているのがゴウキの優しさです。
そしてゴウキは「俺にはとてもあんな戦い方はできない」というのですが、ハヤテは「ゴウキの優しさは強さだと言ってい」と言います。
ここでしっかりゴウキの「強さ」について前振りをしつつ、改めて青山親子と鈴子先生が新年の挨拶に訪れるのです。
こういう風にセミレギュラーのキャラクターの存在もきちんと終盤まで出してくれるのがいいところではないでしょうか。


「あけましておめでとうございます。こんな時こそ、元気を出して行きましょう!」


決してウェーイな感じのノリではなく、勇太くんと並ぶ一般人代表の狂言回しとして、ギンガマンを鼓舞する晴彦さんのキャラクターもしっかり収まってきました。
単なる夢見がちなうだつの上がらないお父さんといういじられ役から後半にかけてすごくメキメキとカッコよくなっていて、いいですね。
そして鈴子先生とゴウキがもう微笑ましい付き合いたてのカップルみたいになるのですが、ここで改めて岸本が割って入ってきて微妙な空気に。
ここでヒカルが容赦なく「鈴子先生に振られた人」と言ってしまう容赦のなさが面白く、いい感じの笑いを生み出しています。


「ゴウキくん、実はだ…弟子入りさせてもらう!」
「ええ!?」
「あの日以来、俺はずっと考えてたんだ。ま、鈴子先生がお前を選んだのは仕方ない。先生の自由だからな!しかし、俺は男としてお前に負けたままでいいのか?教師は戦士を超えられないのか?そんな疑問を解決すべく弟子入りを思いついたんだ」


こういう「頭いいように見せかけた頭の悪い先生」なところがいかにも岸本先生なのですが、こんなキャラでも嫌味にならないのはそれこそ岸祐二氏の演技力の賜物でしょうかね。
なにせ猿顔の一般人という特殊なレッドを演じ切ったくらいなのと、高寺Pとしても田崎監督してもかなり扱いやすいのだろうなというのが見えます。
でもなあ、「教師は戦士を超えられないのか!?」なんて、言ったら、星川兄弟とマジシャイン・ヒカル先生が「あ!?」とか反応しそうで怖いです。
あの人たちは「教師兼戦士」なので、岸本先生が迂闊にそんなこと聞こうものならとんでもない修羅場になりそうな。


「でも、俺まだまだですから」
「お前がまだまだだったら、俺はどうなる!?」


まあとにかくこの段階では岸本がただただウザい人なのに変わりはなく、転んだ少女を助け起こしぬいぐるみを拾うと、岸本が巨大なぬいぐるみをプレゼントしてマウントを取ります。
うん、こういうのを「ありがた迷惑」といい、別に女の子もその母親もそんなものを求めていないのに善意でやってしまうところが実に迷惑。
小林女史なので意図的にその辺は描いていると思いますが、ゴウキを越すためにやることが本当にセコいというか狡いというか、小者感丸出し。


「俺はお前の全てを見極め、その全ての上を行き、お前に勝つと決意してきたのだ」


ゴウキがなぜ好かれているのかわからない岸本は本質を見抜けていないのですが、ここで突然大地震が発生し、モークは地中から邪悪な気配を感じ取ります。
リョウマたちがバットバス特殊部隊のダングスと出会うと、改めて地中に何があるのかを知るのです。


「地球で生まれた地球魔獣だ!」
「地球魔獣!?」
「てめえらが手を貸してくれたんだぜ、ギンガマン!」


ここで第四十二章でわざとゼイハブが城をダイタニクスから切り離した目的が種明かしされ、実はわざとギンガマンたちにダイタニクスを倒させたのでした。
その時散ったダイタニクスの破片が地中に染み込み、新しい地球ならではの魔獣を誕生させることに狙いがありました。


「魔獣ってのはなそういう汚れた星から生まれるのよ!」


ここでダイタニクスすらあんなにあっさり切り捨てた理由をここで補強するのですが、何が凄いと言って魔獣もまた星獣同様に「星から生まれる」ということです。
第二章の段階で食らった星を宝石に変えることができると説明されていた時点で伏線はありましたが、魔獣は星獣と同じルーツでありながら全くの正反対として描かれています。
この「力の源」がギンガマンとバルバンで実は同じだった、というのは高寺Pおよび小林女史の平成ライダーでも共通するところでしょうか。
言ってみれば敵と味方が同じ力で戦うというのは「仮面ライダー」に代表される東映ヒーローの本歌取りなのですが、ここでギンガマンもバルバンも「星の力」を元に戦っているのです。


だからこそリョウマたちギンガマンも、そしてバルバンもあれだけ規格外の力を持っていろいろなことが個人レベルでできてしまうことに説得力が生まれます。
環境破壊がお手の物というのも星の力で戦っているのだとすれば、魔獣も魔人も同じようなものであることへの説得力が生まれるのです。
そしてどちらにも属さない中立派だったギンガの光が一度バルバン側に手を貸し、その後ギンガマンを選んだ展開があることで説得力が生まれました。
ただ、逆に言えば地球から魔獣が生まれるということはこの地球では環境汚染が進んでいるということの裏返しでもあるのですが、本作ではそこを絶妙に回避しています。


また、ここでリョウマが第十七章で勇太に説いて聞かせた「戦士に必要な強さや勇気はそこからは生まれない」が今度は黒騎士ブルブラックからバルバンにまで広がりました。
本作では「どんなに強い力も使い手の心次第で神にも悪魔にもなる」という「マジンガーZ」的なテーゼを凄く大事にしているのですが、この終盤でいよいよそれが本格化。
だからこそ、ギンガマンはその力の持ち主であることに自惚れることなく、謙虚に誠実に戦うよう強調されていたと言え、そこが大好きなところです。
で、その頃ゴウキは地震で潰されそうになっている人々を支えて逃がし、そのあとは少女が落としたぬいぐるみをきっちり確保して脱出に成功します。

 

「お前まさか、そんな物のために……」
「やっぱり俺、甘いですよね。こういうところ、直そうと思っていたのに。でもあの子、凄く大切にしてたみたいだから。これお願いします」


ここでやっと岸本がゴウキに敵わない理由に気づくのですが、ここでよかったのはゴウキがぬいぐるみであっても決して粗末にしないというところがいいのです。
我が身も顧みず、しかし決して自分を犠牲にすることなく少女の人形を守り抜いてみせるところがやっぱりパーフェクトヒーローのギンガマンたる所以。
甘さも押し通せば強さとなりますが、ヒュウガはゴウキのそんなところをきちんと見抜いて指摘していたということではないでしょうか。
そしてそれは決してギンガマンだけが持っているものではなく、本来は勇太くんも晴彦さんも鈴子先生も、そして岸本先生にもあるはずのものなのです。


「また負けか」


ここで岸本がゴウキと鈴子先生への執着から解き放たれ(間違えていたらブルブラックやブクラテスのようになっていた)、改めて人形を少女に返します。
この「負け」とはゴウキの優しさが決して作られた偽りのものではなく、もともと持っている天性の優しさであることに気づいたのでしょう。
涙脆いということは裏を返せばそれだけ優しい人であるとも言え、リョウマの爽やかかつ強気な優しさとはまたちょっと違うものです。
そのあと、ゴウキは偶然にも高い崖の上から「真打登場!」みたいな形でリョウマたちがどうにもならないバリアを壊すために久々に獣撃棒を使います。
しかし、肩を負傷していたところで、その肩を支える岸本先生も勇太くん、晴彦さん、そして鈴子先生に並ぶ立派な銀河戦士の仲間入りを果たしました。


「しっかりしろ」
「岸本さん!」
「俺の肩、貸してやっから。諦めたよ、お前には勝てん。優しすぎて、強すぎる」
「俺が?」
「とぼけちゃって。それで鈴子先生を落としたくえに。優しさあまって強さ100倍、お前の武器なんだろ?なんで直す必要があるんだ!」


ここで岸本から自己肯定感の低いゴウキを肯定してもらうことで、リョウマと勇太とは逆に「民衆に支えられるヒーロー」をゴウキと岸本先生で表現しました。
本作の素晴らしいところは一見「ゴレンジャー」に並ぶプロフェッショナル戦隊の系譜のようでいて、ヒーローの活躍のみを描いていないということでしょう。
きちんと民衆との双方向性を描きつつ、「民衆には民衆のできることがある」という初期から示してきたこと(それは前二作で描かれたテーゼでもある)を提示したのです。
リョウマが勇太を導く典型的な昭和ヒーローもののヒーローと民衆のあり方であるのに対して、ゴウキと鈴子先生・岸本先生が平成ヒーローのあり方だとも言えます。
それと同時にこれが許されるのはそれこそ元レッドを演じた岸祐二氏だからこそであり、元レッドにして嫌味ながらも根は良い人という複雑な役どころを演じられるのは彼だけです。


「それよりこれ、熱いぞ?」


で、やっぱり猿顔の一般市民はそのまま気絶してしまうのでした(笑)しかし、アースを込めたバズーカ砲が上手いこと装置を破壊し、地球魔獣の誕生は防がれました。
そのあと合流したギンガマンはまず獣装の爪でダメージを与え、そのあとはギンガの閃光…と見せかけておいてのガレオパルサー!!
そのまま轢き殺してしまうのですが、第三十七章以来となってそのままになったバイクをきっちり使ってくれたのはよかったところです。
そのあとの巨大戦はまあいつもの通りかませ犬ギンガイオー→ギガライノス登場によって乗り切り、ゴウキが気絶した岸本を抱えつつ次回へつなぎます。


新年一発目ということで、まずコメディ色の強いゴウキと岸本先生ネタをしっかり回収し、ゴウキのキャラクターの集大成として描いたのがよかったところです。
その上で新たな地球魔獣の誕生と「魔獣とは何か?」の問題から広がるギンガマンとバルバンの関係性の補強、さらには前二作で見せた「ヒーローと一般人の関係性」を逆のアプローチから描いたこと。
全てが綺麗に重なって終盤へ向けてのボルテージがしっかり高まり、総合評価はもちろんS(傑作)です。

 

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