明日の伝説

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スーパー戦隊シリーズ22作目『星獣戦隊ギンガマン』(1998)37・38話感想

 

第三十七章「ブクラテスの野望」


脚本:小林靖子/演出:小中肇


<あらすじ>
海に沈められ死んだかに思われたはずのブクラテスは生存しており、ゼイハブへの復讐に業を煮やしていた。その頃、ゴウタウラスの傷を癒すために山頂でサバイバル生活を続けるヒュウガの元をリョウマが訪れ、せっかく来たからにはと久々に手合わせしていた。「この俺が敵になることもある!」と言うヒュウガに対して「甘く見ないでくれよな!」と返し成長を見せるリョウマはもうかつての優男ではなかった。一方バルバンでは、ゴビースとヤートットが結界が貼られておらず場所を特定しやすいゴウタウラスの心臓を手に入れべくヒュウガの元へ向かう。それを物陰から見ていたブクラテスはヒュウガを自分の復讐の道具として利用しようと思案した。


<感想>
さあやって来ました、来るべき第4クール、ここからまた終盤へ向けて本筋が動き始めます。
3クール目の箸休めを経て、この回から動き出すのがブクラテスの復讐に利用されるヒュウガ…この展開は当時リアルタイムで見た時非常にショックでした。
だって、あの樽爺ごときにヒュウガとゴウタウラスが人質にされてしまうなんて誰が想像したでしょうか?
しかし、それを納得させうるだけのストーリーを展開するあたりは流石小林女史といったところです。


ヒュウガはゴウタウラスを治療する為に人里離れた山岳地帯で自給自足の生活を続けて来た説明し、ここ数話戦いに出なかった理由や到着の遅さを描写しています。
まあ黒騎士がいなくても戦闘シーン自体はギンガマン5人で十分成り立ってしまいますしね…さて、なぜこの山岳なのかというとブルブラックの故郷に似ているからでした。
ここで改めて第六章同様にゴウタウラスに愛着を持たせるように描いており、決して星獣を単なる召喚獣ではなく友達・相棒といった感じに描いているのは見事です。
そのあと、せっかく来たんだからと久々に一対一の手合わせをするリョウマとヒュウガですが、この手合わせのシーンがとてもよくできています。


「リョウマ、お前は訓練となると無意識に剣捌きが鈍くなる。戦いでは何が起こるかわからないんだ。相手によって遠慮してたら勝てないぞ。例えば、この俺が敵になることもある!」


ここで練習用の木の棒からブルライアットに切り替えて本気モードに移行するのですが、真のギンガレッドとして実戦経験を積んだリョウマも負けていません。
背後からヒュウガの死角を突いて星獣剣を差し向け、改めて言い放ちます。


「あんまり甘く見ないでくれよな。もし戦わなきゃいけないなら、俺も容赦はしないさ!たとえ兄さんでもね!」
「上等だ!」


まさかこの展開が後々訪れる悲劇のフラグになってしまうなどとはこの時誰も想像しなかったことでしょう。
凄まじい身体能力で鍔迫り合いを行った2人は炎のたてがみをぶつけ合い、お互いが納得できるまでしっかり訓練を行う。
その後ヒュウガが美しい夕焼けを見ながらリョウマに改めて告げるのですが、このシーンの演出が非常に素晴らしい。
辻野監督に負けずとも劣らないロケーションを生かした演出が見事で、この下りは今でも脳裏に焼き付いています


「リョウマ」
「え?」
「どんなことがあっても、必ずバルバンを倒そう。この星の全てを守る為に、それに、いつか、ギンガの森へ帰る為にも。このアースに懸けて」


ここでお互いに炎のアースを手のひらの上に出すのですが、それぞれに炎の色が違っているのがいいところです。
リョウマの方がやや黄色がかっていて、ヒュウガの方がやや赤いのはヒュウガの方がやはり炎の戦士に近いと言うことでしょう。
また、リョウマが第三章で口にしていた戦いの動機をブレさせないよう、ヒュウガがきちんと丁寧に言葉にしてくれているのもいいところです。

 

さて、その頃バルバンではダイタニクスに星獣の心臓移植を行う作戦が計画されており、負傷で結界を張る力が弱まっているゴウタウラスがターゲットに選ばれます。
ここでどうして第七章以来バルバンが星獣を狙わないのか不思議だったのですが、ギンガの森と同じように結界を張っていたからということで納得しました。
そしてゴビースが率いる軍隊を持った部隊の姿を、なんと死んだと思われていたブクラテスが見ており、ゼイハブへの復讐に業を煮やすのです。
ここでブクラテスの顔つきが完全にコメディリリーフからガラッと変わって黒騎士同様の復讐鬼と変貌しているように見えるのは見事。
前半との落差を強調しつつ、死の淵を見た人間がどんなに恐ろしいことをするかというのを黒騎士同様によく表しています。


そしてヒュウガは黒騎士となって、ゴビースと戦うのですが、ゴビースはなんと黒騎士のブルライアットをそっくり真似た上でオリジナルを凌駕してしまいます。
しかもヒュウガとゴウタウラスの救出も兼ねてやって来たギンガマンを相手にしてもそれぞれのアクションを全部そっくりそのまま真似してしまうのです。


「貴様等の動きも武器も全て調べ尽くした。この俺に、指一本触れることすらできんぞ。次にどういう攻撃に出るか、全てわかるからな」


一体いつの間にこれだけオリジナルと同等の武器を用意したのか知りませんが、これはおそらく武器開発をせっせとバットバスが裏で仕込んでいたに違いありません
何しろ技術開発者としてビズネラもいますし、裏でじっくりとギンガマンの動きと黒騎士の動きを真似ていたのではないでしょうか。
しかも動きまで全部上回っているのですから、夜な夜な裏で必死に鏡の前で見て仕草から何からコピーしたものと思われます。
だから便利能力を使っているようで、実は影でめちゃくちゃ必死に努力しているとかだったらいいなあなんて思ってしまうのです。
まあバルバンもこれまで数々のとんでもないレベルの魔人を繰り出して来たので、今更コピー能力のある奴がきたところで驚くこともないのですが。


そしてヒュウガはゴウタウラスの元へ帰ろうとすると、なんとすでにブクラテスが魔法の樽の中にゴウタウラスを小型化して捉えていました。
開発能力という意味でもサンバッシュにいくつか技術提供はしていましたし、言ってみればビズネラの下位互換がブクラテスなのです。
しかし、そのブクラテスとビズネラを分けた決定的な差として「ゼイハブへの復讐」という形で差別化を図ったのはうまく書き分けにつながっています。
何が凄いと言ってリョウマをはるかに上回るはずのヒュウガを罠にはめた上で、従わせてしまうように段取りを組んでいたことです。

 

「黒騎士、もう決まったんじゃよ。お前が取る道は1つしかない。ワシに従え」


完全な復讐鬼として怨念だけで生き残っている樽爺はヒュウガを自分の復讐の道具に利用することを考えついてしまいます。
なるほど、これはいわゆる「ドラゴンボール」の亀仙人みたいなもので、亀仙人も普段はボケ老人だけど、本気を出したら凄い爺さんだと判明しました。
それと同じでブクラテスも若い頃はビズネラ並みの切れ者だったに違いないと思わせてしまう迫力があり、単なる役立たずのボケ老人に終わらせずに済んでいます。
手足があまり自由でないこと以外は「ドラゴンボール超」で謎の強化がなされた亀仙人と似ており、非常に良くできたところでしょう。


そしてギンガマン5人はどうすればあのコピー能力を破れるかを議論するのですが、ここでハヤテが「俺たちにしかできないことがある」とある一計を案じます。
ハヤテが考案した作戦とは案外簡単なもので、リョウマたちが仲間の能力をコピーしてやり返すというパターンでした。
リョウマがハヤテの、ハヤテがサヤの、サヤがリョウマの、そしてゴウキとヒカルがお互いの動きをものまねすることであっさり破りました。
まずギンガレッドがグリーンの鳥アクションでキックし、さらにイエローがキバクローを用いたパワープレーで投げ飛ばします。
そしてグリーンがピンクの抱きつき引っ掻きで顔をボロボロにし、さらにブルーがイエローの狼アクション(首根っこを掴んで投げ飛ばす)をして、ピンクがレッドの二刀一閃を使うのです。


コピーが効かないからって安易に新兵器や新戦士が出てきたら嫌だったので、「お互いの動きや癖を熟知している」というのはうまい攻略法でした。
これなら色と動きを一致させてきたゴビースが混乱する理由もわかりますし、この発想を応用したものがのちの「トッキュウジャー」のトッキュウチェンジへとつながっています。
幼馴染で一緒に訓練してきたから真似するのは難しくないといううまいパターンで、しかもここでどうトドメを刺すのかと思いきや、まさかのガレオパルサー!!
アタックシールドで破ってしまうのですが、思えばこの武器自体が三十二章で使われた後一度も使われていなかったので、ここでトドメとして持ってきたのが上手かったです。
そうか!その手があったか!」という感じで、ギンガの閃光が通じないときのもう1つの手段として完璧にできていたのではないでしょうか。


その後は巨大ロボ戦でいつも通りギンガイオーがかませ犬扱いを受けつつ、ギガフェニックスがギガライノスのギガンティスバスターを使って攻略します。
そしてラストはお約束の銀河大獣王斬りでやっつけ、リョウマたちは失踪したヒュウガを探すことに。
三十四章を最後にもう出ないのかと思われていたブクラテスが想定外の復帰を遂げ、またもやヒュウガが復讐の道具として利用されることに。
なんだかもうヒュウガとゴウタウラスが本作の裏ヒロインみたいになっていますが(表ヒロインは勇太くん)、ここからがますます楽しみになってきました。


まさか二十六章の最後に晴彦さんが言っていた「黒騎士だけに苦労する」なんて親父ギャグがここで実現するとはね。
評価はS(傑作)、3クール目の充電期間を経て物語がまさに激動し始めるその一歩として、暗躍する樽爺とヒュウガの展開を考えた小林女史を始め作り手は天才です。


第三十八章「ヒュウガの選択」


脚本:小林靖子/演出:小中肇


<あらすじ>
忽然と山から姿を消したヒュウガとゴウタウラスを探すためにリョウマたちは山のあちこちを奔走するが、リョウマたちは手がかりを得ることすらできずにいた。その頃、バルバンでは魔人マグダスがダイタニクスの血管に溜まった埃を掃除するために、その労働力として身長の低い子供を拉致しようと計画する。一方その頃、ゴウタウラスを人質に取られブクラテスと行動を共にすることになったヒュウガはゼイハブを倒すために沈み草を飲むように要求される。それは飲んでしまうとアースが完全に消失してしまい、二度とギンガの森には戻れなくなる禁断の薬草だった。ヒュウガがそのような決断をしてしまった理由は果たして何なのだろうか?


<感想>
さあ来ました、ブクラテスとヒュウガの迷コンビ(?)誕生回。小林女史はまたもやここで重い爆弾を落として来ました、なるほどこう来ますか。
ヒュウガとゴウタウラスを探すリョウマたちですが、まず前半のシーンで対比されているのが2つの焚き火です。
まず1つが山岳地帯でリョウマたちが燃やしている小さな焚き火で、もう1つが洞窟の中で激しく燃えるブクラテスとヒュウガの焚き火となります。
この焚き火がそれぞれリョウマたちの心の不安定さと同時に復讐への憎悪を燃やしているブクラテスの胸中を表現しているかのようです。


しかし、そんな中でもリョウマが決して兄を探すことを焦らずに休憩を提案し、前のめりでありつつも真のギンガレッドとしてますます磨きがかかっています。
この話からのリョウマは本当に完璧超人じみて来て、元々優等生気質ではあったのですが、実質のリーダー格だったハヤテすらもその成長に驚くほどです。
これまでリョウマが成長となるターニングポイントでは必ず勇太やブルブラックが絡んでいたのですが、今回はハヤテという脇の視点からそれを描いています。
ここでハヤテがリーダーからサブリーダーにシフトし、5人の関係性もより強固なものとなって来ました。


そしてブクラテスとヒュウガのやり取りがやや暗めの雰囲気を出しつつ、改めてヒュウガはブクラテスの提案を聞きます。


「復讐すると言ったな、バルバンに」
「ゼイハブを殺しバルバンを乗っ取る。お前にはその為の道具になってもらう」
「今の話は確かなのか?本当だという証拠は?」
「本当か嘘か、一種の賭けじゃな。じゃが、この賭けに乗らなければ、ゴウタウラスは死ぬぞ。そしてお前もいずれギンガマン共々ゼイハブに倒されることになるじゃろう。黒騎士、乗るしかないんじゃ、ワシにつけ」


ここで改めてヒュウガとゴウタウラスがわざわざギンガマン側から離れてブクラテス共々かつてのブルブラックのような「第三勢力」に逆戻りしなければならない理由を説明。
状況的には前半と似た形でヒュウガはまたもやその力を復讐に利用されることになるのですが、ここで「もう1人の復讐鬼」として出て来たブクラテスの存在感が見事です。
単なるパワーバランスの問題とは別に「黒騎士にしかできないことがある」として、再びリョウマたちとは違う道を歩ませたことでヒュウガの没個性化を避けました。
それにヒュウガがずっといたままだとリョウマたちもどこかでヒュウガを頼りにしてしまうため、そうさせない意味でもここは分離させて正解です。


この後、ヒュウガは葛藤の末にブクラテスの選択を受け入れるのですが、だからと言って勘違いしてはならないのはあくまでブクラテスは私怨で動いているということ。
敵の敵が味方とは限らない」とはよく言いますが、ブクラテスはまさにその例でして、ゼイハブの敵だからといって、ギンガマンの味方には絶対になりません
その線引きが絶妙で、「シンケンジャー」の時の丈瑠と十臓もそうだったのですが、どんなに距離が近くなっても決してヒーローとヴィランは相容れない存在なのです。
たとえ何があっても敵は敵であり、一度悪の道に身を窶してしまえば後戻りはできないということからヒュウガの葛藤に説得力を持たせています。


また、ブクラテスは今回の計画を一種の「賭け」と言うことで、必ずしも100%の正しさを保証するものではないとし、外れてもいいようにできているのです。
この辺りのバランス感は絶妙で、そしてその後にバルバンはダイタニクスの血管を掃除するために身長が一定以下の子供をさらって強制労働させようとします。
なんとなくバットバス魔人部隊のイメージって中世ヨーロッパ、特に工業が発達していた時代のイギリスを彷彿させますが、そのあたりからでしょう。
ブクラテスはどちらかといえばドイツっぽい感じで、1クール目がウェスタン、2クール目がジャパニーズ、3クール目がエジプト、4クール目がヨーロッパと多国籍なのが面白いです。


採用された子供は袋詰めにされ、そう出ない子供は用済みとして投げ飛ばされるという、命の扱いの粗雑さはまさにバルバンの悪たる所以を最もよく示しています。
こういう風に命を簡単に投げ捨ててしまえるのが命を大事にし守ろうとするギンガマンとはどこまでも正反対で、こういう演出がうまくバルバンの凶悪さを引き立たせているのです。
しかし、そこにたまたま忽然と姿を消したはずの黒騎士が救出に現れた途端に子供が山で見つけた何かの植物を強引にもぎ取って無言で飛び去るシーンもトマトをしらみつぶしに襲っていたブルブラックと重ねているのでしょう。
リョウマたちはそれが沈み草…すなわちギンガの森で「飲んではならない」とされる禁断の薬草であることに気づきます。


「アースを失くせば、戦士でなくなるだけじゃない。ギンガの森にも住めなくなる」


ここでやっとリョウマたちはヒュウガが何をなそうとしていたのか読み取るのですが、時すでに遅しで救援に駆けつけると今度はサヤを人質にし、リョウマたちに、発砲した上で、こう言います。


「俺はアースを捨てる!」


ここで第四章で改めて「アースとは何か?」を定義した上で「星を守るための力」にして「銀河戦士の象徴」でもあったアースが物語の核として大きく絡んで来ました。
単なるアースフォースの発展系の特殊能力というだけではなく、そこからさらに「ギンガの森の民としてのアイデンティティ」というところにうまく繋げています。
その上でそれを喪失するということは「星を守る戦士であることを捨てる」ことを意味し、物凄く重たい鉛玉を放り込んで来たのです。
しかも決してヒュウガ自身が選びたくて選んだわけじゃなく、「ゼイハブを倒す方法がある」というブクラテスの前置きがあるからこそ成り立ちます。
バルバンとの戦いとヒュウガを救うこと…第二十五章に続く「公と私のどちらを取るか?」が提示され、今度はサヤも意見するのです。


「私、残る!」
「サヤ!バルバンが子供たちを襲ってるんだ!」
「だってヒュウガがアースを捨てちゃう!」
「行くんだサヤ!お前は戦士だろう!」


ここでリョウマとともにサヤも残る選択をするのですが、いかんせんここまでに積み上げたキャラクターの強度の差は大きく、サヤではリョウマに太刀打ちできません。
サヤの「」の部分をここで入れてくれたのはよかったのですが、リョウマという障壁がいたために入り込む余地がどこにもないことに。
思えばヒュウガが帰って来たとき、サヤがヒュウガに抱きついた時は普通だったのにリョウマと抱擁を交わす時はがっちり抱き合ってたもんなあ。
この辺りからしても男女の色恋なんざよりも炎の兄弟の絆の方が如何に強く濃いものであるかを示しています。
また、それを「愉快だ」と嘲笑うブクラテスも凶悪で、反旗を翻したところで、あくまでギンガマンの味方ではなく邪悪な倒すべき元バルバンの一員だと見せているのです。


そしてリョウマは表に表現されていないヒュウガの思いを感じ取り、それを信じて身を引くのですが、ここで前回出て来たあのセリフが出てくるのです。


「どんなことがあっても、必ずバルバンを倒そう。この星の全てを守る為に、それに、いつかギンガの森へ帰る為にな」


そう、前回リョウマとヒュウガが夕映えに誓い合ったあの言葉はこれから終盤にかけて訪れに新たな苦難の始まりとなったのでした。
以前から何度も述べていますが、ギンガマンは公として「バルバンを倒して星を守る」があり、さらにそれと同じくらい「ギンガの森をもとに戻す」という私があります。
その上でさらに個人個人で大事なものを持たせているのですが、改めて「ヒュウガがアースを喪失する」という展開を加えたことでまたもやそれを天秤にかけることになったのです。
二十五章ではリョウマ個人の葛藤で済んでいた問題が今回はギンガマン全体の、もっと言えばギンガの森の民全体の問題になるという広がりが生まれました。
だからこそ二十五章以来となるリョウマの雄叫びがすごくズシンと心に響くものとなり、私もついつい泣いてしまいます。


ここからの戦闘シーンはリョウマが久々にブーストがかかり、やり場のない怒りを星を守る使命に変えて、魔人を倒す力とします。
その上でギンガの閃光で倒し、改めてリョウマたち5人は分断せざるを得なかったヒュウガへ誓うのです。


「俺は兄さんを信じる。きっと兄さんは戻ってくる!だから俺たちは俺たちで戦い続けよう、バルバンを倒す為に!」


今回の決断が単に悲しいことで済むのではなく、かえってリョウマを真のリーダーとして、そしてギンガマンをさらに強固なチームとして仕立てています。
また、ヒュウガが決して個人の意思ではないとはいえ、復讐の為に自己犠牲を選ぶという、本作が提示するヒロイズムから外れることをしてしまいました。
ここからどう物語が転がっていくのか、とても楽しみですが、思えばこの展開は「ダイナマン」で一度失脚して終盤にダークナイトとして返り咲いたメギド王子を彷彿とさせます。
おそらく意図的なオマージュだとは思いますが、メギド王子よりも良くできているのはそれが「もう1人の黒騎士ブルブラック」としてリンクしていることです。


本作では常にストレスとカタルシスがセットになっていますが、これこそがまさに終盤でリョウマたちが乗り越えるべき壮大な壁になっているのでしょう。
そして普通の作品ならばこの展開が唐突になってしまいかねないところを初期からバルバンは仲間割れや裏切り、不義理などを日常茶飯事として描くことで自然なものにしています。
ゼイハブ船長の冷酷に過ぎる経営者としてのサイコパスぶりにいつか誰かしら反逆を試みるのではないかという可能性もありましたが、ついにそれを成す者がバルバンから出ることに。
また、ここで気づきましたが、本作では「復讐」の裏に「自己犠牲」と「執着」があって、それらが綯い交ぜになることで安易な復讐を否定する話になっていません。


ちなみにこれは某所で見かけた意見で本作のメインテーマが「復讐」について考える話だとありましたが、私はその意見には与しかねる部分があり、あくまでそれはメインテーマを構成する一要素だと思っています。
本作はあくまで「ギンガレッド・リョウマの物語」なのであって、誤解を恐れず言えば勇太、黒騎士、ブクラテス、他の仲間たちはあくまでリョウマの主人公ぶりを成立させる為の引き立て役です。
かといっていわゆる「レッド崇拝」でもなく、単純にヒュウガが離脱してギンガの森に帰れなくなった問題を受けてリョウマがどうそれを乗り越えていくのか?がポイントだと思います。
一度戻って来たはずなのにリョウマはまたもや大事なものを失うことになってしまった…果たしてそこで「公も私も守るヒーロー」をどう貫いて最終回を迎えるつもりなのか?が大事です。


主人公だから所詮リョウマはバルバンだってダイタニクスだって、バットバス軍団だって倒してしまうでしょう、最後に勝ちは約束されていますよ、王道のヒーローなんですから。
ただし、大事なのはその王道をいかにありきたりなお約束などでなく、物語としての内実をきちんと伴わせてそこに到達できるか?という「過程」にあります。
また、よく小林女史のファンが口にする「主人公を曇らせる」ということでもなくて、単にヒーローには試練があって、それをどう乗り越えていくかでしかないのです。
これまでもリョウマたちには数々の試練が訪れ、特に第2クールは全滅しかねないほどの窮地に陥って、それでもそれを全部乗り越えてここに至っています。


だから、あくまでもギンガマン代表にして本作の象徴でもあるギンガレッド・リョウマがどういう結末を導いてくれるか、主人公として何を成してくれるかで見ているのです。
評価はもちろんS(傑作)、物語にブーストがうまくかかったこの4クール目をどう乗り越えていくかを見ていこうではありませんか。

 

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