明日の伝説

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戦隊シリーズにおける「戦うヒロイン」の存在意義

そういえばふと「シンケンジャー」の感想と総括を書いていて、気づいたことがあります。
それは「戦うヒロイン」、要するに戦隊の女性メンバーについてですが、どうにも戦隊ファンは私も含めて戦隊ヒロインの役割を本格的に論じた人が極めて少ない気がするのです。
一応真正面から議論した人はネットでチラホラ見たことがあるのですが、その殆どが「可愛いか綺麗か」「強いか弱いか」といったごく単純なところでしか論じられていません。
少なくとも戦隊レッドやブルー(ブラック)のように「物語上の立ち位置」というところから真面目に論じられた戦隊ヒロイン論が少ない気がするのです。
それどころか最近では「女性差別」だの何だのと言った訳の分からないジェンダー論が横行しており、それこそ本質からズレた議論ばかりが繰り広げられています。
それこそこの間私が書いたこちらの記事のように。

 

gingablack.hatenablog.com


そう、「と学会」が繰り広げている曲学阿世の議論がスーパー戦隊シリーズで蔓延していて、その中でも戦隊ヒロインはその典型であると言えます。
もっとも、私自身がそこまで戦隊ヒロインに興味がないこともあって、つい最近まで戦隊ヒロインのことを真剣に考えて見たことがないのですけどね。
ただ、このまま放置しておいていい問題ではないので、自分なりの考えを整理しつつ戦隊シリーズにおける「戦うヒロイン」の存在意義について書ければと思います。

 

 


(1)スーパー戦隊シリーズジェンダー論は無関係


まず私の結論から言わせてもらえば、スーパー戦隊シリーズにおいてジェンダー論を論じること自体が根本的に間違っています
いわゆるLGBTとか「働く女性」という存在が増えてきたことで「戦うことは男だけの役割じゃない」という認識が社会的に広がっているのです。
その一因として「秘密戦隊ゴレンジャー」のモモレンジャー・ペギー松山のもたらした変革が大きく影響しているのではないでしょうか。
男たちと同等に扱われながらも、あくまでも「女性」のような気遣いや優しさもまた描写されるような存在…それがペギー松山でした。
時代が進むにつれて、その「女性らしさ」をばっさり捨てた「タイムレンジャー」のタイムピンク・ユウリのようなヒロインが出ています。


これをジェンダー論の観点から「働く女性の地位向上がなされた」と見る向きもあるようですが、決して作り手はそのようなことを考えていないでしょう
確かに戦うヒロインの地位向上をスーパー戦隊シリーズが果たしたのは事実ですし、そのキャラ造形が時代に応じて変化してきたことも事実です。
しかし、それはあくまでも「作り手が描きたいヒーロー像」が先にあって、その中で「この女性キャラはこういう役割」と割り振られた結果に過ぎません。
そして女性メンバーが男性メンバーと対等かそれ以上の活躍を見せただけのことなのに、受け手はそれを「ジェンダー論の観点からすごい」と言うのです。
これがそもそもズレているわけであって、スーパー戦隊シリーズは別にジェンダー論などを考えて「戦うヒロイン」を描いたわけではありません。


あくまで「物語上の立ち位置としてどうか?」という観点で男並の活躍をしただけのことであって、結果論でしかないのです。
第一、ジェンダー論がどうのこうのと論じるのであれば、だったら「戦うヒロイン」だけに特化した作品とは比較しないのでしょうか?
たとえば、セーラームーンおジャ魔女シリーズ、プリキュアシリーズ、リリカルなのはなど男性のいない「戦うヒロイン」を描いた作品はいくらだってあります。
しかし、ヒーロー作品でジェンダー論を書く人はなぜだかそういった女児向けバトル漫画・アニメをジェンダー論から考察する動きがないのです。


また、ウルトラシリーズ仮面ライダーシリーズにおいても、そのような「戦うヒロイン」の存在意義をジェンダー論の観点から論じられたことがありません。
なぜかというと、女児向けバトルシリーズは「女の子が戦う世界」だからであり、男性の存在は背景に追いやられているからです。
ウルトラシリーズやライダーシリーズでも、主役はあくまでウルトラマンないし仮面ライダーであって、女性キャラはそこに華を添えているに過ぎません。
だから、ジェンダー論の観点から論じてもあまり話が広がらず、ことさら男性に混じって女性が戦うスーパー戦隊シリーズに白羽の矢が立つのでしょう。


ぶっちゃけスーパー戦隊シリーズにとっては飛んだ言いがかりをつけられているようでいい迷惑ですが、少なくともスーパー戦隊ジェンダー論を持ち込んでもナンセンスです。
そもそもそのようなことを一々考えて作っていたら、これだけ多種多様な戦隊ヒロインが誕生すること自体あり得なかったと思うのですが…。


(2)「物語」の中で主人公級の活躍ができた女戦士は少ない


その上で話を進めていきますが、私がスーパー戦隊シリーズの女性ヒロインにさほど興味がないのは、そもそも「物語」として主人公級の活躍ができた女戦士が少ないからです。
作品によってその扱いは異なりますが、ほとんどのシリーズ作品で女性キャラが主人公である戦隊レッドやブルー(ないし二番手キャラ)に匹敵する活躍を見せていません。
私がスーパー戦隊シリーズで主人公級に匹敵する活躍の場を物語の中で与えられたと思う戦隊側の女性キャラはというと、大体以下のメンバーです。

 


この位でしょうか、いわゆる「お色気」「強さ」「弱さ」「知性」「使命感」といった部分は一切考慮せず「物語上の役割」という観点で考えた時に印象に残ったのがこのメンバー達でした。
一応この中にシンケンピンク・白石茉子も入れてもいいはずなのですが、やはりどうしても太夫との関係性が不徹底にしか描けなかったこと、そして薫姫に存在感を食われてしまったことが影響しています。
ペギー松山は単独の主役回も多く、何よりゴレンジャーストームやゴレンジャーハリケーンという攻撃の要ですから、実質第二の主人公と言えるポジションです。
桃園ミキはいわゆる「成長するヒロイン」であり、他の男性陣と比べても明らかに主人公格として描かれていて、特に39話の絵本回は伝説といえるでしょう。
岬めぐみに関しては初期は特にライブマンの実質のリーダー格であったことと、そして終盤でラスボスを説得する活躍を見せたことが大きく影響しています。


サラに関しては「肉親探し」がテーマのフラッシュマンの中で唯一肉親との再会を果たしたメンバーということで、実質の主人公という感じに。
ホワイトスワンは竜・凱と並んで明確な「物語上のヒロイン」として位置付けられているので、終盤まで含めてとても重要な役割を果たしています。
鶴姫は当初の「女性リーダー」という役目は後半で失われましたが、代わりに父親との因縁で悲劇のヒロインとしてうまくキャラ立ちしました。
そしてタイムピンク・ユウリは劇中で唯一の正規の警察官で、ドルネロへの復讐という重たい因縁を抱えていることから、物語上の重要人物なのです。


そう、これだけたくさんの戦隊ヒロインが誕生してしながら、実は主人公であるレッドや準主人公であるブルーないしブラックに相当する役割をもらえた女性戦士は極めて少ないのです。
ほとんどが「華やぎ」「賑やかし」「お飾りヒロイン」という添え物扱いであって、メイン回をもらえても物語を動かすほどのキーパーソンになることはありません
もし、ジェンダー論の観点から戦隊ヒロインを論じるのであれば、それは「物語を動かセルほどの強さや格を持った人物か?」で見ないといけないのです。
そしてスーパー戦隊シリーズにおいて、その役割を貰えたヒロインは少ない、だからこそ私をはじめ戦隊ファンは戦隊ヒロインを真面目に論じようとしないのでしょう。


(3)ほとんどの戦隊ファンが戦うヒロインに求めるのは「萌え」である


こう見ていくと、戦隊ヒロインもいろんな変遷があるとはいえ、ほとんどの場合作り手も受け手も戦うヒロインに求めるのは「萌え」ではないでしょうか。
要するに可愛いか可愛くないか、強いか弱いか、頭がいいか悪いかといった個人属性やビジュアルでしかそのヒロインのことを見ていないのです。
ネットで真面目に戦隊ヒロインのことを論じている人は私の知る限りごく一部だけで、あとは主人公のレッドや二番手キャラがメインとなっています。
この時点でそもそもスーパー戦隊シリーズにおいて、戦うヒロインの役割や重要性が作品そのものに大きな影響を及ぼさないということでしょう。


ハリケンジャー」の総合評価の記事でも書いたことですが、ハリケンブルーは決して物語の中で大々的な活躍をしたヒロインではありません
それでも戦隊ファンからの人気が高いのは「物語の活躍」ではなく、演じる長澤奈央氏のビジュアルやスタイルがいいとかコミカルなキャラとかそういう方向しかないのです。
そして作り手もファンの需要を満たすように彼女をキャラ萌えやアイドル路線で売っていたら、それがたまたまうまくハマったということでしょう。
それこそ荒川氏が作った「ゴーオンジャー」のG3プリンセスなんてその極致みたいなもので、あれこそ戦隊ファンがヒロインに求める「萌え」の典型じゃないでしょうか。


G3プリンセスに関しては私は反吐が出るほど大嫌いですが(そもそも荒川氏が提唱するアイドル路線自体があまり好きではない)、ただあんなのでも人気を出せちゃうんですよ。
なぜかって、正統派可愛いの逢沢りなとグラビアの王道を行く杉本有美氏とAV業界でその名を馳せたセクシー女優・及川奈央氏が組んだ奇跡のユニットだから。
これだけは確かに「怪我の功名」というか、当初は予定されていなかったゴーオンジャーのキャスティングでこんなミラクルを起こせたという典型でしょう。
しかし、こんなのに騙されてしまうということは、実に多くの戦隊ファンが戦うヒロインを所詮は「色気」「萌え」「可愛い綺麗」といった下品な点でしか見ていないということです。


その点「シンケンジャー」のことは、茉子、太夫、薫姫がG3プリンセスとは徹底した真逆の「硬派な戦う女」路線を行ったのは「アンチG3プリンセス」の証なのかもしれませんね。
要するに「色気」「可愛い綺麗」「強い弱い」といった表層的な要素ではなく、物語の位置付けやキャラの内面でどれだけ女性キャラが男性キャラに太刀打ちできるのか?
そんなことを「シンケンジャー」の女性陣は体現していたのかもしれません…というか、そもそも小林女史からし女っ気ゼロの男気100%な「戦う女性」ですしね。
自身でも仰ってましたけど「キラキラした少女漫画よりも燃える男の青春漫画」みたいな人ですし、幼少期に見てたのがロボアニメや時代劇ってのが異色の経歴ですよね。


話を戻しますが、私が取り立てて戦隊ヒロインをメインの題材として研究しようとしないのも、そもそも戦隊ヒロインの殆どがそういう路線でしか描けてないからかもしれません。
戦うヒロインを真剣に論じるのであれば、まだセーラームーンプリキュアなどの男子が全くいない女性だけのヒーロー作品を論じた方がいい議論ができると思います。

 

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