明日の伝説

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スーパー戦隊シリーズ33作目『侍戦隊シンケンジャー』(2009)13・14話感想

 

 

第十三幕「重泣声」


脚本:小林靖子/演出:竹本昇


<あらすじ>
茉子がある日夕食を作ると言い出したので、以前のトラウマから茉子の壊滅的な料理センスを知っていた丈瑠たちは胃薬などを用意する。一方外道衆は封印の文字対策として丈瑠を直接倒しに行かないことを疑問視していたが、シタリは三途の川を増やして表舞台に出られることを優先した。買い物に出かけた茉子について丈瑠たちが分析している頃、買い物に出かけていた茉子は泣き叫ぶ子供を発見する。


<感想>
さて、第二クールの始まりですが…作り手に尋ねたい、今回は戦隊ファンに新たな性癖の扉を開かせるつもりですか!(おい)


だって小林女史がまさか百合萌えにギャップ萌え、更には駅弁フ○○クまでこの1話で高度にぶち込んでくるとは思わないじゃないですか!いい加減にしろ、ありがとうございます!

 

とまあこんな書き出しですが、とにかく1クール目でシリアスパートを一通り描き切った後ということもあってか、ここからしばらくは箸休めのようなギャグ回が多めです。
その一発目がまさかのことは×茉子というシンケンガールズコンビ回とは思いもよらず、しかもかなりクオリティが高いのでどうしたものかと思ってしまいます。
全体を見終わって感じたのは茉子の脆さとそれを支えることはの男前ぶり、そして茉子を腫れ物扱いするシンケンメンズの役立たず具合が際立ったというところでしょうか。


まず今回のハイライトはなんといってもことはが茉子を受け止めてしっかり支えるところです。

 


「たまには茉子ちゃんのこと、ぎゅってしてもいいやろ?今まで頼ってばかりでごめんな」


これまで直接的な絡みがほとんどなかったことはと茉子でしたが、ここは単品で見ても面白いのですが、更にすごいのは第二幕が実はこのシーンの伏線になっていることです。
第二幕では健気なことはの心情を知った茉子があまりにも愛しくなってことはを抱きしめるシーンがあるのですが、今回はそのシーンと好対照をなしています。
それと同時に、同じ「抱擁」でも茉子のそれとことはのそれでは全く意味の違うものであることが示されていて、実は芯が一番強いのはことはの方だったのです。
前にも書きましたが、ことはは外柔内剛タイプというか、リョウマの表面上の柔らかさに反する芯の強さとサヤの「年上の男性に憧れる年下の女の子」をハイブリッドした女の子なんですよね。


だから普段は単なる不器用で舌足らずの子なんですけど、意外と根っこの部分はタフで何があろうとも動じることがないからこそ、茉子を抱きしめる時の包容力が凄まじいという。
逆に茉子は第四幕での流ノ介との絡みがそうでしたが、一見大人びていて頼り甲斐がありそうなんですけど、本心はすごく甘えん坊というか誰かに甘えたいけど甘え方を知らない不器用な子なんですよね。
「一生独身」で傷ついたり、今回も「外道衆を倒せないとお嫁さんになれない」と弱音を漏らしたり、普段物凄く気を張って強がっているからふとした時に脆さが露呈してしまう。
もっとも、茉子のそうした「内面の脆さ」というのは流ノ介も同じく抱えているんですが、流ノ介の場合は立ち直った後茉子にバッサリ切り捨てられたことでそれを克服しています。
まあこれだけ見ると「ふたりはシンケンガールズ」なんですが、ことはの芯の強さと茉子の芯の脆さという形で本質をあぶり出しにして関係性をしっかり補強してきたのはいいところです。


さて、これとは逆に男性陣の役立たずっぷりなんですが、うーん、これに関しては正直「侍としての使命以外を置き去りにしてきたから」としか言いようがありません。
ただ、それを差し引いたとしてもデリカシーのなさが目立つのも確かで、特にことはの「茉子を嫁にしたい」発言に対して「それは無理だぞ」発言はかなり無神経です。
丈瑠にしても流ノ介にしても、それから千明にしてもことはが必死になって茉子のいいとこをプレゼンしてんのに誰一人耳を貸そうともしないのはどうなんでしょうか?
まあ丈瑠は「茉子に近づくと余計な詮索をされるかもしれない」、流ノ介が「また関わって痛い目に遭うのが怖い」、千秋は「俺じゃあ制御しきれねえ」ってことでしょうけど。
丈瑠に関しては終盤で露呈することになる事情があるので関わらないのが無難としても、千明くらいはことはに耳を貸してあげても良かった気はします。


まあただ、ことはもことはで姉のことを思い出した時に慰めてもらったアピールで対抗してますけど、どっちかといえばこれってあくまで個人的な体験を出ないものですし。
それにことはって純真で健気故にお人好しで騙されやすそうな面もありますから、この段階だと「惚れてしまえば痘痕(あばた)も靨(えくぼ)」で盲目的に見えてしまいます。
いうなれば「茉子信者」に成り下がっているのが今のことはだとも言えるので、あんまりことはのアピールを鵜呑みにしてはならないということでもあるでしょう。
何れにしても、今回に関していえば同性として距離感と立場が近いことはが受け止めて対処するのが適任であり、結果としてはこれで良かったと思います。


そしてシンケンメンズは今回敵が繰り出したアヤカシに抱きつかれる中で駅弁という新たな性癖の扉を開いしてしまいました…特に丈瑠とか絶対入ってるよね(笑)
ここまでやる必要はあったのだろうかと思いますが、ただこれまでを思い返して見ると、シンケンメンズはこれまで戦闘シーンでひたすら活躍してました。
特に千明と流ノ介はかなり美味しい成長エピソードをもらっていますし、戦闘力も上がってますから、それに比べると女性陣がいまいちパッとしません。
唯一六幕でことはが単身で活躍したくらいで、茉子に限っては今までほとんど目立った活躍がなかったので、ここで思い切ってクローズアップということでしょう。


そんな2人が力を合わせて合体モヂカラ「山」と「風」で「嵐」を発動!はいここで来ましたよ、例のアレが。

 


体中に風を集めて♪巻きおこせ♪ARASHI ARASHI for dream


うん、「仮面の忍者赤影」の闇姫には是非ともこういった方法で嵐を巻き起こしていただきたかったところです。
そしてシンケンメンズはこれまで散々持ち上げられたこともあってか、特に流ノ介を中心に一気に株を落としまくるという。
あれか、「持ち上げて落とす」作戦か…そう考えると初メインの「ギンガマン」は一番真面目な時期だったとはいえ、メンズが誰も株を落としてないのは奇跡だったかも。


ということで、話としては一気にことはと茉子の2人を近づけ、男性陣を踏み台扱いして急浮上。
よくよく考えると酷い話ではあるのですが、まあこれで男女間のヒエラルキーを多少無くそうということだったのでしょう。
総合評価はA(名作)、中途半端にせずにネタとシリアスをきちっと融合させており面白い一本でした。


第十四幕「異国侍」


脚本:小林靖子/演出:竹本昇


<あらすじ>
流ノ介が屋敷周辺を散歩していたところ、突然厳つい外国人が声をかけてきた。彼は「リチャード・ブラウン」という名前の外国人であり、シンケンブルーに一度助けられたことがきっかけでシンケンジャーに弟子入りしたくて志葉家にやって来たという。丈瑠は当然のごとく、流ノ介に適当にあしらって追い返すように指示を出すのだが…。


<感想>
今回の話は「デカレンジャー」より初参加となり、単発でそこそこのギャグ回を書いていた浦沢門下生の大和屋暁氏が参加。
ようやくここに来て初のサブライター回となるわけですが、最初に結論から述べておくと、誰向けに作られた回だったのでしょうか?
正直な話、私は最初に見たときからこの回は色々と解釈に困る部分がありまして、世界観を拡張する意図としては失敗だったかなと思うのです。


だって今回出て来たシンケンブラウンというのはいってみれば「ミーハーな追っかけファン」であって、当の流ノ介およびシンケンジャーからしたら迷惑以外の何ものでもないでしょう。
例えるならアイドルの握手会やコンサートが終わった後でそのアイドルを出待ちして追いかけるようなものなので、それをギャグとはいえ物語として肯定してしまうのはどうかと思うのです。
それにこういう「外国人から見たファンタジージャパン」みたいなイメージのものを本家本元がやってしまうのは、パロディといえどブランドの安売りにもなり兼ねません。
まあ強いていえば、海外版の「パワーレンジャー」との兼ね合いで、海外の戦隊ファン向けに作られたエピソードということなのでしょうけど。


しかも侍道というものが何なのかをきちんとブラウンが教わって帰るならともかく、「君に教えることがない」を「破門」ではなく「免許皆伝」と勘違いしているのが余計に引っかかるのです。
それで表向きいい話っぽくしてますけど、むしろ私としてはファンが余計に勘違いを拗らせてシンケンジャーに変な幻想を植え付けてしまったとしか見えません。
いやこれがね、「こまけえこたあいいんだよ!」なぶっ飛んだ世界観の話だったらいいんです、それこそ「カーレンジャー」のようなぶっ飛んだ世界観ならね。
ただし、その「こまけえこたあいいんだよ!」な世界観にはその世界観なりの一貫性は必要であり、「ここは崩してはならない」という一線の引き方は重要です。


こと「シンケンジャー」に関していえば、むしろ「殿と家臣」という、扱いを間違えたらとんでもない大惨事になりかねない時代劇のガジェットを物語のメインに組んだわけじゃないですか。
しかもそれを第一幕から物語の中心に据え、外の世界の人たちとの交流は持たずに閉じた世界観の内側の話として展開し、十二幕でそれが美しく結実したのです。
そんな十二幕でで積み上げてきたものをこの話はかなり冷や水浴びせた感があって、こんなに簡単に認められてしまうなら侍戦隊の戦いってそんなに軽いものなの?と思ってしまいますし。
まあ最終的に「いい思い出にしてもらった」ということでギリギリ一線は守られていましたけど、こういうのを軽々とやってしまうのはどうかと思うのです。
同じことは十七幕で登場するシンケンゴールド・源太に関してもいえるのですが、それはまたその時に。


いや別にシンケンジャーでコメディやギャグをやるなというわけじゃないんです、むしろ前回はギャグもかなり混じってましたし。
ただ、小林女史が提示する回は細かい物語上の制約やルールがたくさんあるので、サブライターが自由に描きにくいというのがあるのです。
評価はE(不作)、小林女史メインライター作品の短所がかなり浮き彫りになった回であると思います。

 

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